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「友達の部活が終わるのを待つために、ここに来てるんです。塾がある日だけ待ってるから、月水金だけ」
「ああ、なるほど」
小さくうなずくと、先輩は自分の折れそうな手首にまかれた時計を確認した。腕時計のベルトは、一番小さな穴をしめてもまだ少し余裕がありそうだった。
「先輩は本当に毎日来てたんですね」
「本当にってどういう意味?」
先輩は腕時計から視線を上げて私を見る。
「私の当番のときに毎日来てたけど、そのあともずっと毎日来てたんだなって」
「そうだよ」
そう言うと先輩は「戸締まり」と言って、窓に向かっていく。壁にかかった時計を見ると、もうすぐ図書室を閉める十分前になるところだった。どうやら今日の戸締まりは手伝ってくれるみたいだ。
二人で窓を閉めていると、倉田先生がやってきた。私と先輩がどちらも残っているのを見て、少しおどろいているようだった。
「珍しいね、金子くん」
「本を借りてたので、ついでに」
「珍しいね、いつも勉強しかしに来ないのに」
倉田先生は珍しいねを連呼する。先輩は黙って荷物をまとめると「お先に」と言って出ていった。倉田先生は部屋をぐるっと一周して戸締まりの確認をしてから電気を消すと、私と一緒に部屋を出て鍵をかける。
「ここまで残ってたんだから、一緒に出ていけばいいのにね」
先生はちょっと笑いながら歩き出した。小柄な先生にあわせてゆっくりと歩く。
「妖精の話聞いたよ。メイちゃん、今ずいぶん話題になってるんだってね」
先生の言葉に私はため息が出た。先生にまで、そんなうわさが回っているのか。もうこの学校の中に、このうわさを知らない人はいないのかもしれない。
他人事だからなのか、先生は随分と楽しそうに私のうわさについて話す。
「どこで聞いたんですか」
「ん?金子くん」
「あの先輩、最悪じゃないですか」
そんなうわさまで共有するなんて、先輩と先生は随分と仲がよろしいようだ。勝手に無口なタイプだと思っていたけど、先輩はかなりおしゃべりなのかもしれない。私にあんな話の切り出し方をするくらいだし。その割に、その後の会話はそっけなかったけど。
「かわいいじゃないのよ。さ、明るいとは言え時間は夕方だからね、気をつけて」
倉田先生は私の言葉を軽く流して、職員室に消えていってしまった。大人からしたらかわいいうわさかもしれないけど、私からしたら重大な事件だ。
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