不確かで揺るぎない。

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 予め連絡をしたので、充之の父親は二人の到着を待ってくれていた。  聞いていたよりもっと若く見える、が真思の第一印象だ。21歳のとき充之が産まれたので45歳だという。大工仕事で培ったと思われる筋肉質な体型。日に焼けた顔は、充之が年を取るとこんな感じになるのかと想像するだけで真思をドキドキさせる。男が見てもわかるイケメンだ。 「俺が避けてきたせいで、もう何年もまともに話をしてないんだ。どんな反応が返ってくるのかもわからない。マコトを傷つけたくないけど、もし嫌な気にさせたら俺のせいだから」  道すがら、何度も謝られている。緊張する充之の横顔に大丈夫だよと伝えた。  父親が淹れてくれたコーヒーを前に充之が切り出した。 「正月は急に帰っちゃってごめん。今日はあのとき言われたことを果たそうと思って、連れてきた」 「はじめまして。岡崎真思です」  声が少し震える。  わずかな沈黙のあと、充之によく似た少し低い声が聞こえた。 「えっと、岡崎くん、うちの家のことは知ってるのかな」 「嫌でなければ、マコトで構いません。アツシくんからふたり暮らしだったと聞いています」  細く息を吐き頷いている。 「母親がいないことでアツシには淋しい思いをさせたし、恋愛や結婚に期待していないと思う」 「俺は淋しくなんかなかった。それに恋愛を諦めてマコトと付き合ったわけじゃない」 「反対しているわけじゃない。お前の気持ちを埋めてくれたなら感謝したいくらいだ」  自分の子供なのに俺のせいでいつもこんな感じなんだよ、と笑う顔のほうがよほど淋しそうだ。 「アツシくんはお父さんがいてくれればよかったって言ってました。無理してほしくないって」  また頷いている。目の縁が少し赤い。 「マコトくん、アツシと一緒にいてくれてありがとう。よろしくお願いします」 「僕のほうこそアツシに支えられてるんです。これから、よろしくお願いします」  ありがとう、充之が小さな声で言った。  その後、実は爺さんが会いたがっている、と聞かされて近所に住む充之の祖父の家に移動した。母親のお父さんだが離婚しても孫だからと、小さかった充之の世話をしてくれたという。 「できない親父がふたりいるみたいなもんだ」充之が嬉しそうだ。  お祖父さんのほうは大喜びで、真思の手を握ってきた。有無を言わさずに出前の寿司を頼んでいる。   「マコトごめん。好きにさせてやってくれないかな」  充之とお父さんが謝っているが、真思も嬉しいのでちっとも嫌ではなかった。  運転があるから、お茶で乾杯をして寿司を食べた。お祖父さんは始終にこにこしている。 「セイヤには連絡したのか」 「え?しないよ。何言われるかわかんないし」 「絶対、喜ぶぞ」  きょとんとした真思に充之が話してくれた。    正月に泊まっていた父親の同僚のことらしい。充之が産まれた頃、入社したばかりのセイヤさんはまだ16歳で、休みのたびに遊びにきていたそうだ。歳の離れた兄弟みたいな感じだったのだろう。 「中学のとき、俺に初カノができたと知ってコンドーム渡してきたんだぜ」  充之が呆れたような顔をした。  充之の父親も高校へは通わず働き始め、腕のいい大工として周囲に頼られている。セイヤにとっては憧れのひとで、その息子の充之は大事な弟なのだろう。 「高校も専門も、行けるんなら行っとけって、言われたんだ」 「いいお兄さんだね」 「おかげでマコトに会えたしな」    ふふっと笑いあう。    また来てくれな、とお祖父さんに見送られ充之の家に戻ってきた。  お父さんから予定があるのかと尋ねられたので、車で1時間ほどの温泉宿を予約していると答えた。  気をつけて行ってこい、と笑ってくれた。      
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