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朝9時過ぎても部屋で寝ている娘を、母親が心配して起こしに来た。
「美鈴、あんた出勤時間過ぎてるんじゃない?」
「ん~今日休み……」
「え?金曜日よ。保健所が休みなわけないでしょ?」
「代休なの。こないだ日曜出勤したの~」
「あら、そうなの。起こしちゃってごめんね」
そういえばこないだ、娘の勤める保健所管内の動物園で何か逃げたとかで騒いでいたけど、あれって日曜日だったっけ。
「んじゃ、お母さんも仕事行くね。ごゆっくり」
2度寝を満喫して、やっと昼過ぎに目覚めた美鈴は、テレビの前で菓子パンを齧りながらスマホを手にした。
つけっぱなしのテレビから流れてくるローカルニュースを聞き流しながら、メールチェックし始めた。
『未来ニュースです。○○動物園から逃げ出したと思われるヘビの死骸が○○河川敷で発見されました。野犬に襲われたとみられ……』
うわ、気持ち悪い。あのヘビ見つかったんだ。ヘビも怖いけど、それ食べた犬がもっと怖い。
男性アナウンサーが殺風景なスタジオを背景に、淡々と報じている。
美鈴は、日曜出勤になった原因の、脱走ヘビ事件があっさり解決したことを知って、やるせない気分になった。
ヘビ血清の配置機関との調整とか、脱走詳細の聞き取りやら、挙句の果ては捕獲罠の設置や取り扱い講習受講とか、さんざん鬼係長にこき使われたのだ。貴重な日曜日に捧げられた、あの労力は何だったんだ。
続けて流れたニュースに美鈴は驚いた。
『本日午前10時ごろ、○○河川敷で釣りをしていた50代男性が、野犬に噛まれ、全治4週間の大けがをしました。これを受けて、保健所において・・・』
大変だ。今度は犬だ! やばい、また休日出勤か?
美鈴は同じ職場の同期で、幼馴染の由紀にLINEした
【ねえ、野犬被害出たらしいけど。仕事大丈夫?】
由紀【野犬? 無いよ。ヘビのこと?】
【あれ? 噛まれてケガした人いたってよ】
由紀【ヘビに?】
【違う、犬に。ヘビ食べた犬かもよ】
由紀【こわ。無いでしょ】
【あれ? テレビのニュースで見たけどな】
由紀【大丈夫? 休みは休んでね】
【うん。仕事中ごめんねバイバイ】
《別の県のニュースだったのかな?》
美鈴は、テレビの方を見やったが、すでにニュースは終わって、再放送のドラマが流れていた。
「ただいま~。美鈴ぅ~、休みってな~」
当直明けの父親が帰ってきた。
「おかえり。お疲れさま」
「お父さん、寝るから。後で一緒にピザ頼もう。お母さんに内緒な」
「え~。血糖値上がるよ~。知らないよ~?」
一抹の不安は感じつつ、美鈴は休日をのんびり過ごしたいと思った。
翌日の土曜日、美鈴は、結局朝からテレビにくぎ付けにならざるをえなかった。土曜の朝らしい、爽やかなMCの番組が絶品スイーツを紹介している。
昨日から気になってネットニュースを検索してるが、ヘビは依然逃走中で、野犬関連のニュースは無かった。
テレビから架空のニュースが流れるはずもないし、自分の聞き間違いにしては、やけにリアルな内容に、美鈴は徐々に胸騒ぎが増してきていた。
すると、突然画面が切り替わって、昨日の殺風景なスタジオに男性アナウンサーが報じるニュース番組に切り替わった。
あ、来た!
『未来ニュースの時間です』
『先日、河川敷での釣りの際に野犬に噛まれた男性が死亡しました。原因は感染症とみられてます』
美鈴は、凄惨なニュースに眉を顰めた。
やはり、野犬被害はあった。しかも被害者が死亡。しかも野犬は行方不明の状態らしく、これでは次の被害も出るかもしれない。
その時、由紀からLINEが来た。
由紀【あのヘビさ、犬に食べられて死んでたんだって】
【知ってるよ。】
由紀【係長から連絡網来たのよ。美鈴知ってたの?】
【野犬の方がやばい。噛まれた人死んだってよ】
由紀【まじ? 美鈴のお父さん情報?】
【違う、テレビニュース。河川敷で釣りしてた人】
由紀【こわ。狂犬病?】
【まさか。でも何かの感染症かもね】
由紀【うちのお父さん、川に釣りに行ってんだよね。やばいかな】
【早く呼び戻して】
由紀【そうする。(@^^)/~~~】
美鈴がスマホを見ている間に、いつの間にかニュース番組は終わっていて、グルメ紹介の番組に変わっていた。
「ヘビ……。野犬……。死亡……感染症」
美鈴は先刻のニュース番組の内容が脳裏にこびりついて離れなくなっていた。内容は一言一句覚えているのに、あのニュースのアナウンサーの顔は、覚えていないどころか、判別すらできないことに気付いた。
昨日のニュースでは、釣り人が野犬に噛まれたのは何時頃って言ってたっけ。確か10時頃?
電話が鳴った。由紀からの電話だった。スマホの時刻表示は10時15分となっている。美鈴は強張って冷たくなっている指で、通話をスワイプした。
由紀からの電話は、釣りに行っていた父親が犬に噛まれてケガをしていたという内容だった。
その日の夕方、由紀からやっとラインの返信が来た
【お父さん大丈夫だった】
由紀【痛そうだけど元気だよ。あのLINEの後さ、すごい偶然だよね】
【ホントに大丈夫?】
由紀【大丈夫。やっぱヘビ食った犬かな?】
【そうとは限らないよ。あの辺捨て犬多いし】
由紀【あとさ、噛まれて死んだ人なんていないってよ。病院で聞いた】
【あ~、やっぱりそうよね。海外のニュースだったかも】
由紀【一応、狂犬病のワクチンも打ってもらってるよ】
【お大事にね。気を付けてあげてね】
由紀【大丈夫。歩けてるし。4週間禁酒が堪えてるけどね】
【4週間って】
由紀【全治4週間ってさ】
美鈴は由紀からのラインを読んで、全身がひんやりと冷たくなるのを感じた。全治4週間? なんか聞いたことのあるフレーズだ。
『未来ニュースでした。今日はこちらの内容についてお伝えしました。では御機嫌よう』
「え、ちょっと待って。いつの間に」
茫然としていた美鈴は、テレビからの音声に我に返った。
『……感染拡大』
慌ててテレビの前に戻ったが、画面は次の番組に切り替わっていた。
その直前ちらっと見えたフリップの一つに、確かにその文字が映った。
スマホでネットニュース確認してみる。
無い…何も無い
あ、あった『脱走ヘビ 死骸で発見・野犬に襲われたか?』
あれ? ここまで?
あ、出た。『速報:釣りの男性、野犬に噛まれ全治4週間のけが』
テレビリモコンで番組表を表示してみたが、どこにも『未来ニュース』なんて番組は無かった。
ネットニュースの速報より早いのか、経緯が似てるだけの別の事件なのか
つけっぱなしのテレビから流れる音声は通常の番組だけ
その夜、美鈴はテレビの前から離れず、放送終了後も砂嵐の画面から目を離さなかった。
母親が心配そうに声をかけてきた
「ねえ、テレビどうかしたの? もう放送終わってるよ。消す?」
「だめ、点けたままにして。ここで寝るから」
「ホントに大丈夫?」
「うん」
『未来ニュースです』
ああっ! 美鈴は叫び声を上げて、がばっと飛び起きた。
テレビからはあの、表情の無いアナウンサーが5枚のフリップの傍らで喋り始めている
手元のスマホで時間を見ると午前3時45分だった。
美鈴はフリップの画面をそのままスマホで撮影した。
『感染症関連です。最初に発症、死亡した50代男性の家族は、先日より危篤状態に陥っていましたが、本日未明に50代の妻と20代長女は死亡しました。国は濃厚接触者の追跡を進めていますが、増加の一途をたどる感染者数により、現場では混乱をきたしています』
『次です。○○地域からの交通遮断の徹底のため、政府は自衛隊派遣を要請しました。また、自治体でも職員の発症者増加に伴い、ライフラインの確保が困難になりつつあります』
『政府はWHOの支援を受けて、原因究明と事態の収束に向けて全力で対応すると声明を発表』
『国内の米軍基地は警戒レベルを最高とし、日本空域を全封鎖する異例の処置を講じることとなりました。これは9・11の時以来の厳戒態勢となります』
『中国、ロシアが日本海海域に艦隊を展開開始。日本からの感染者に対して海上封鎖を試みるものとみられてます。政府は外交筋を通して領海侵犯に当たるとして厳重抗議するものとしています』
『以上、未来ニュースでした』
ブツリと画面が消えて、放送終了の白い画面に切り替わった
美鈴は決心した。もう戸惑っている場合じゃない。でも、スマホを持つ手が震えてなかなか操作できない。まずは由紀に知らせなきゃ!
「あ、由紀、夜中にごめんね、あの、何で、何で泣いてるの?」
電話からは由紀のむせび泣きが聞こえてきた。
「ううっ、お父さんが、お父さんが、あああああ」
「ああ、由紀、やっぱり。どうしよう。しっかりして……」
「お父さん、なんで、なんで…ううう、ギャー!」
ブッと電話が切れた。え? 今の何? あ、電話、通じない。
「お母さん、起きて! お願い」
美鈴は母親を揺り起こした。
「どうしたの?」
「これ、これ見て。テレビのニュース撮ったやつ」
美鈴は、母に先刻テレビ画面を撮影した画像を見せた。
「んん~。何これ? ユーチューブ? あ、お父さんから電話。ちょっと待ってね」
「あ、お父さん当直なの? あれ聞いて、由紀のお父さん。犬に噛まれた佐々木さん!」
真剣に縋り付いてくる美鈴の剣幕に驚いて、すっかり目が覚めた母親は、夫の電話に驚愕した。
「え、待って。佐々木さんが? それで、奥さんは? え? そんな……」
「お父さんは? どうしたの? 由紀は? 未来ニュースみたいになったの?」
娘の言葉を聞いた母親は、はっとして振り向いた
「あんた、今なんて? 未来ニュース聞いたの?」
「お母さん?」
「佐々木さんのご家族が危篤状態らしいの。それに、次々と急患が運び込まれて、同じ症状らしいの。一晩でこんな状況になるなんて、お父さんも初めての経験だから、急に私たちのことが心配になって電話くれたのよ」
母親はてきぱきと身支度を済ませて、車のキーを手にした。
「危篤状態って……。それに、お母さん未来ニュースのこと、知ってるの?」
「それは、後で。とにかくここから逃げよう。貴重品だけ持って。このニュースの通りだとすると、封鎖される前に美鈴だけでも逃がさないと」
「逃げる? ちょっと待って、私だけでもって、お父さんは? 由紀や他の人は? あたし、職場に電話してもいい? 当番がいるかも」
母にせかされて車に乗り込みながら、美鈴は言った。
母は車のエンジンをかけ、慌ただしく発進しようとした。
「美鈴、まずはあんたが避難して!」
「駄目よ、何とか他の人に危険を知らせないと。助けないと!」
美鈴の気迫に、母親ははっと我に返って、車を停めた。
突然、車載テレビに、あのアナウンサーが映った
二人はギョッとしてテレビに視線を向けた。
『未来ニュースです。連日猛威を振るう原因不明の感染拡大に光明が差しました。ヘビ毒の血清の効果が確認され、投与が開始されてます』
『以上 未来ニュースでした』
え? 短い。母娘は茫然とした。
「あ、ある。あのヘビのなら、お父さんの病院にもある」
母親は慌てて夫に電話した。しかし、なかなか出ない。
「多分忙しいんだよ。かけ続けて。お母さん、お願い頑張って」
先刻の電話では、由紀はすごく苦しそうだった。発症してるのかもしれない。美鈴は不安でたまらなかった。
「あ、あなた? 佐々木さんね、ヘビに噛まれていたらしいのよ。由紀ちゃんと奥さんも。美鈴にLINEで送ってきてたって。大丈夫って自己判断したらしいの。ホントよ。だからね、何とかってヘビの血清が効くらしいよ。え? 他の患者さん? あっちこっちでヘビが人を噛んだみたいよ。早く仕事して!」
美鈴の父親が勤務医を務めている救急センターでは、次々と搬送されてくる患者の対応に追われていた。これらの患者は全員が激しいけいれんでのたうって、近づく医療者に噛みつこうとするほど正気を失っていた。搬送した救急隊員や、付き添いの家族もすでに噛みつかれてケガをしており、救急の初療室はパニック状態だった。
美鈴の父親は、妻からの報告に半信半疑だった。とはいえ、ICUに入室させた佐々木親子はすでに重度のショック状態に陥り、手の施しようが無くなりつつあった。
「もしもし、ICUですか? 最初の3名はヘビ咬症の可能性ありの報告がありました。救急室在庫の血清を今持っていきます。投与指示は入力しました。早急にお願いします」
搬送担当者に血清を持たせながら、美鈴の父親はため息をついた。
「まあ、だめもとだ」
佐々木親子は、昔からの知人だ。助かってほしい。
救急室の小さな窓から朝日が差し込み、夜が明けてきた。今日はこれまでに経験したことない1日になると覚悟を決めて、次の患者のカルテを開いた。
『未来ニュースです』
来た!! 親子の目の前で、何の前触れもなく車載テレビがついた。
『先日、河川敷での釣りの際に野犬に噛まれた男性が死亡しました。原因は感染症とみられてます』
「まだ死んでないよ!」
美鈴がテレビに向かって怒鳴り返した。
その時、美鈴の電話が鳴り響いた。職場からだった。
「はい、もしもし。あ、係長?」
「木村、日曜日で悪いがな。出勤してくれ。今すぐだ。早急に。もう、こっちは電話で耳鳴りしてる。助けろぉ」
「ああ~よかった係長~。あのへび、ヘビの血清。取り寄せさせてください」
「はあ? へび? 犬だろ? 狂犬病ワクチンの問い合わせでこっちはパニックだぞ」
「犬じゃないです、ヘビです」
「とにかく早く来い! こっちはヘビの手でも借りたいんだ!」
ガチャっと切られた。
「美鈴、どうする?」
「保健所内の診療所にも血清確保しているの」
「……わかった。行こう」
母親は車を発進させた。
すっかり朝日に包まれた町は、日曜の朝らしく人通りは少ない。しかし、あちこちで響き渡る救急車のサイレンが、普段と違う1日の始まりを暗示していた。
「どうしよう。これじゃ泥棒かも。発送伝票置いといたからいいよね」
美鈴は、母親の待っている車に乗り込みながらつぶやいた。
「あった? 血清」
「うん。ヘビ逃げた時点で取り寄せてた。少しでも救急センターに持っていかなくっちゃ」
「待って、これは持っていっちゃだめ。これは美鈴の分なの」
「え?」
母親の意外な言葉に、美鈴は息を飲んだ。
「未来ニュースはね、大きな災害を生き抜く人だけが見るの。これから感染拡大していって、血清だってすぐに不足する。だから、これは美鈴が生き残るための分なの」
「お母さん……未来ニュースの何を知ってるの?」
そういえば、母親は未来ニュースと聞いて、すぐに理解していた。まるで以前から知っていたかのような。
「母さんが、美鈴のおばあちゃんがね、亡くなる前に話してくれたのよ。小さいころ、終戦よりずと前に、玉音放送が何度かラジオから聞こえてきたって。それと知らずに覚えて唱えていたんだって。それを聞いたひいばあちゃんが自決を留まってくれたって。あたしもね、一度だけある」
「え? お母さんも?」
「若いころね、朝早くラジオで列車事故のニュースを聞いたの。はっきりと未来ニュースって言ってた。変なニュース名だったから印象に残ってたの。職場に欠勤の電話したら、そんな事故無いって言われて。そしたらその最中に臨時ニュースで事故があったって。普段だったら乗るところだったのよ」
「初めて聞いた。なんでそんなすごい体験教えてくれなかったの?」
美鈴が感動で目を輝かせて母を見つめると、意外なことに母親は苦し気な、泣きそうな顔をしている。
「言えるわけないじゃない。大勢死んだんだよ。自分だけ生き残って、『私は知ってたので助かりました』なんて! おばあちゃんだって、知り合いは手りゅう弾で自決していったって、戦争がもうすぐ終わること教えてあげられなかったって、悔やんでた」
「お母さん!」
「美鈴、お母さん怖いの。いままで助かっていたつけが、誰かを犠牲にして生き残った報いが、いつか自分に来るんじゃないかって。あの時はただ後ろめたいだけだった。でも、今一番大事な美鈴に、もしも……」
『未来ニュースです』
「うわ、びっくりした」
『○○河川敷で釣りをしていた50代男性が、野犬に噛まれ、全治4週間の大けがをしました。これを受けて、保健所において野犬対策の強化がなされることになりました』
聴いたことのある内容に、美鈴は首を傾げた。ニュースが戻ってる。未来からだんだん現在に戻ってる。
これは、もしかして……。
「お母さん、誰かを犠牲にしたなんて絶対に違うよ。あともうちょっと頑張ろう!」
「え?」
「この血清は救急センターに全部持っていこう。今、必要な人に打ってもらおうよ。あたしはまだ感染してないし、もしかしたら、未来ニュースの未来は変えられるよ」
母は、守りたい我が子が、いつの間にか頼れる強い女性になっていたことに驚いた。
「これって、あたしにしか出来ない事だと思うの。絶対にお母さんを悲しませ無いようにするから!」
美鈴の真っ直ぐな瞳を見つめ返して、涙ぐみながらも、微笑んで言った。
「ええ、そう、そうだね。助けなきゃいけない人は他にいるのに。お母さんったら、ごめんなさい」
救急センターでは美鈴の父親が相変わらず忙しく働いている
「木村先生、娘さんから荷物届いてます」
受付けの事務員から連絡を受けて、急いで美鈴の父親は娘のもとに駆け寄った。
「おい、あれ効いたぞ。佐々木さん達持ち直したぞ。なんでわかったんだ? あ、これ血清か? よかった。業者にも頼んで今かき集めてるところだ。よし、じゃあな」
美鈴の一番聞きたかったことを一気に告げると、父親は慌ただしく処置室に戻っていった。
良かった、本当によかった。美鈴は胸のつかえが取れていくのを感じながら、ここ3日間の不安の塊が溶けていくのを感じた。
駐車場の母の車に戻りながら、緊張が徐々にほどける思いでいた。
だけど、あとまだ何か残っている。そう、恐怖の元凶となったあの……わっ、電話、係長からだ!
『こら~貴様何をしている~どこにいる~すぐに来い!』
「あ、救急センターです。今から戻ります」
『お、ラッキー! すぐそこじゃねえか。てかなんでそこに居るんだ? あ、保健所戻んじゃねえぞ、ここに来い!』
「ここって? どこですか?」
『○○河川敷だ! 仕掛けにワン公がかかった。さっさと手伝え~! 講習の成果を見せろ~』
まさか!
「美鈴~!」車から母親が手を振っている。「美鈴、ニュース! 始まった」
美鈴が車に乗り込むのと同時に、未来ニュースのテロップが流れ始めた。
『未来ニュースです』
『○○動物園から逃げ出したと思われるヘビの死骸が○○河川敷で発見されました。野犬に襲われたとみられてましたが、保健所職員にてその野犬も捕獲されました。』
淡々と告げる男性アナウンサーの声が流れた。美鈴は画面を見て驚いた。これまで、テレビに映っているにもかかわらず、表情が判別できなかったのに、この時だけは、不思議なことに男性アナウンサーの端正な顔立ちがはっきりと見えた。涼やかな目元は画面越しに美鈴を見つめている。口元が僅かにほほ笑んでいた。そして、ニュースの最後に彼はこう付け加えた。
『これにて未来ニュースは終了します。ご視聴ありがとうございました。では御機嫌よう』
「ここだー、木村~リフトもってこ~い」
母の車で河川敷に到着すると、作業着姿の小太りな中年男が、ケージを茂みから引き上げるのに四苦八苦していた。
ケージには睡眠薬入りの餌を食べてぐったりとした老犬が入っていた。
皮膚病なのか、口周りが鱗のような瘡蓋でびっしりと覆われている。
口元のむき出しの暗緑色の牙は細く、異様に長かった。
美鈴は河川敷を転がり落ちるような勢いで係長に駆け寄り、感極まって、叫んだ。
「係長~すごい、すごいです~」
「はは、俺の実力思い知ったか」
「ホントにすごいです。係長、この街の救世主です」
「はは、それほどでも、あるけどな」
「ホントです。日本を救ったんです。係長は世界を救ったんです!」
「はは、木村……泣いてるのか?」
―終―
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