水取桃花

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誠也が見つめていたのはビスクドールだ。 白いドレスを着た、不気味な人形。 胸がザワつく……。 また人形ごときに。 誠也の肌は赤く高揚し、瞳は妖しく輝き濡れている。 少し開いた唇から、今にも甘い吐息が漏れそうで、私は固く目を閉じる。 嫌だ、嫌だ、嫌だ! 誠也は絶対、渡さない。 乱暴にビスクドールを持ち上げると、嘲りの言葉を投げつける。 「ビスクドールって、気味が悪い!」 「桃花、乱暴に扱うな!棚に戻してやれ!」 初めて誠也に怒鳴られた驚きよりも、悔しさが溢れ出した。 ──私よりこの人形? なんだろう、この敗北感は……。 私だって白い勝負ワンピースだ。 抱きしめれば、柔らかく、あたたかく誠也を包んであげられる。 生身の人間である私が、冷たく言葉も発しない人形に劣ると言うの? 降り出した雨の中、私は店を飛び出した。 走って転んで、白いワンピースは台無しになった。 ハイヒールを脱いで、裸足になった。 追い掛けてもくれない誠也に、土砂降りの雨に只々泣けて仕方なかった。 「君には僕の境界を越えられない」 誠也が断る決り文句。 高校時代も大学時代も、誠也に告白した女はそう言って断られた。 私は陰でほくそ笑んでいたけど。 「……境界なんか、私が越えてやるから」 もうすぐ雨は止む。
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