尾木誠也

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桃花がアンティーク家具に気を取られている間、僕はグルリと店内を見回す。 店の一番奥に、古めかしい吊るしランプの灯りに照らされた棚がある。 近づくと、懐かしい香りがした。 深く吸い込むと、頭の芯が甘く痺れる。 棚には一体のビスクドールが座っていて、僕をじっと見つめていた。 長いまつ毛に囲まれたライトブラウンの瞳は、人間のように濡れて見える。 白い総レースのドレスは、幾重にもフリルが施され波打っていた。 そのフリルを縁取る黒とシルバーの糸がアクセントとなり、可愛らしさよりも美しさを際立たせている。 アンティークドール特有の帽子、リボンボンネットは、薔薇とリボンがたっぷりと使われ、カフェオレ色の豊かな巻き髪が胸へと伸びていた。 いつの間にか僕の隣にやって来た桃花が、そのビスクドールを持ち上げた。 僕を見つめていた瞳が閉じられ、柔らかそうな巻き髪が揺れた。 「ビスクドールって、気味が悪い!」 「桃花、乱暴に扱うな!棚に戻してやれ!」 桃花は慌てて棚に戻した。 怯えたように僕の様子を窺っている。 普段、大声や怒鳴り声を出さない僕だから、仕方ないけれど。 桃花の乱暴な手付きに腹がたった。 ほら、雨が降ってきた。 やっぱり雨はカノジョの足音だ。
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