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私は這うように部室を出ると走り出す。
走っても、走っても、誠也の荒い息遣いが追いかけてくる。
人形の濡れたような首筋が、頭から離れない。
月あかりの悪戯だろうか、瞼を閉じたビスクドールは再び目を開けて、私を見つけてニヤリと笑った。
「あんなボロ人形に誠也は渡さない……誠也は私だけのもの」
部室から出てきた誠也は、気怠そうな足取りで帰って行った。
私は再び戻り、ゆっくりと部室のドアを開けた。
ガラス越し、ビスクドールと見つめ合う。
バラ色に上気したビスクドールは美しかった。
嫉妬心が身体中から湧き上がる。
やがてそれは、グツグツと音を立てて私のプライドを壊していく。
人形のボンネットを鷲掴みにして、見せしめのように引き摺り大学を出た。
夜明け前、国道を走る車はまばらで、ヘッドライトに浮かび上がる私達はさぞ異様だろう。
歩道橋から見下ろすと、トラックが猛スピードで走り去った。
「さよなら」
私の指が開くと、黒いドレスのビスクドールは国道へと落ちていく。
タクシーにぶつかり、トラックに踏み潰され、無惨になった人形はまだ私をじっと見つめていた。
家に着いたのは明け方で、階段を上るのも辛かった。
早くベッドに潜り込みたい。
鍵を開けるのももどかしく、玄関につんのめるように入ると違和感を覚えた。
こんな所に、荷物なんか置いてなかったのに。
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