水取桃花

4/7
前へ
/15ページ
次へ
私は這うように部室を出ると走り出す。 走っても、走っても、誠也の荒い息遣いが追いかけてくる。 人形の濡れたような首筋が、頭から離れない。 月あかりの悪戯だろうか、瞼を閉じたビスクドールは再び目を開けて、私を見つけてニヤリと笑った。 「あんなボロ人形に誠也は渡さない……誠也は私だけのもの」 部室から出てきた誠也は、気怠そうな足取りで帰って行った。 私は再び戻り、ゆっくりと部室のドアを開けた。 ガラス越し、ビスクドールと見つめ合う。 バラ色に上気したビスクドールは美しかった。 嫉妬心が身体中から湧き上がる。 やがてそれは、グツグツと音を立てて私のプライドを壊していく。 人形のボンネットを鷲掴みにして、見せしめのように引き摺り大学を出た。 夜明け前、国道を走る車はまばらで、ヘッドライトに浮かび上がる私達はさぞ異様だろう。 歩道橋から見下ろすと、トラックが猛スピードで走り去った。 「さよなら」 私の指が開くと、黒いドレスのビスクドールは国道へと落ちていく。 タクシーにぶつかり、トラックに踏み潰され、無惨になった人形はまだ私をじっと見つめていた。 家に着いたのは明け方で、階段を上るのも辛かった。 早くベッドに潜り込みたい。 鍵を開けるのももどかしく、玄関につんのめるように入ると違和感を覚えた。 こんな所に、荷物なんか置いてなかったのに。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加