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 幸四郎と籍を入れて、子どもが欲しい。  そんな人並の幸せを夢見たこともある。  でも「幸せになってはいけない」という心の声が、その夢をどす黒く塗り潰した。  私は無戸籍の孤児だった。  裏社会の人間に生まれた望まれぬ子どもの末路は、裏社会で生きる道か、死だった。  どちらに進んでも、待つのは地獄。  いや、いっそのこと、この世に生を受ける前に殺してくれた方がどれだけ楽だったか。  下っ端のチンピラに劣悪な環境で育てられ、13歳で今の組織に拾われてからは、狙撃手としての教育を徹底的に受けた。  私は生まれながらにして、誰かの「道具」として扱われ、それ以外に生きる道など残されてはいなかった。  私の手は酷く汚れている。  でもこれは、私にしかできない仕事。  狙撃手以外の世界は、私にとってフィクションやファンタジーのような非日常。  幸四郎と一緒にいる時間や、バトラーとしてお客様に向かい合う時間は、所詮、いつか醒めてしまう夢だった。  優しいご両親に愛情深く育てられた幸四郎の人生まで黒く染めるわけにはいかない。  来るべき時が来ただけ。  幸四郎がプロポーズを口にしたら別れようと、最初から決めていたんだから――。 「ごめんなさい。行かなきゃ」 「どこへ?」 「幸四郎の知らない世界へ」 「小夜。悪い冗談はやめろよ」 「それは偽名よ。私は小夜じゃない」  思いを振り切るように部屋から出ようとして、扉に掛けた腕を強く掴まれる。 「お願いだから、離して」 「ちゃんと説明して」 「⋯⋯」 「僕にも言えないこと?」 「幸四郎にだけは知られたくないの」 「どう言う意味だよ、それ」 「お願いだから! こんな嘘つきな女でも、まだ愛してくれているなら、何も言わないで」 「いったい何を⋯⋯」 「幸四郎を巻き込みたくないの。いつか別れが来ることは分かってたけど、想像よりもだいぶ早くその日が来ちゃったみたい」
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