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「あの~、すみません。18時半に予約した水野ですが、早く着いてしまったので、中で連れを待たせてもらっても構いませんか」
「水野様、お待ちしておりました。ご予約いただいた個室の用意はできておりますので、ご案内いたします」
女性店員は一礼すると、「こちらでございます」と、店内の奥へ歩を進めた。
通路に沿って続くビル群を望むガラス窓に映るのは、シャキッと背筋の伸びた店員と、それとは対照的な猫背の僕。
右側には等間隔に扉が並んでいて、それぞれの個室の目印なのか、花の絵が描かれていた。
「桜」「梅」「桃」「椿」「菜の花」――。
ずいぶんあるな。
この長い通路の全てが個室なのか。
数メートル先に人の姿が見えた。
20代くらいの夫婦と幼稚園児の女の子。
彼らもあの幻想的なマジックアワーを一目見たくて、この時間に予約したのだろうか。
そのとき、プリンセスのように着飾った女の子の背負ったリュックから、茶色い物がポロリと転がって落ちた。
しかも当の本人はその事に気付いていないのか、個室の中へと姿を消してしまった。
よく見ると、通路のど真ん中でこちらを丸い目で見つめていたのは、フワフワと触り心地の良いクマのぬいぐるみだった。
「ねぇ、お友だちを忘れてるよ」
僕の声に反応して、女の子がパタパタと走り寄ってくる。それを待ち構えるように、拾い上げたぬいぐるみを差し出した。
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