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「メロンちゃん、ダメじゃない。あたしから離れたら迷子になっちゃうでしょ!」
「この子、メロンちゃんっていうんだ。毛がフワフワしていて可愛い子だね」
「そうよ。あたしの大切なお友だち。今日はこの子とあたしの5歳のお誕生日なの」
「それはおめでとう。二人とも」
「お兄さんありがとう。じゃあね、バイバイ」
女の子が小さく手を振ると、その後ろにいた若夫婦も柔和な笑みを浮かべて会釈した。
僕もつられるように軽く頭を下げて、通路の端でその様子を見ていた店員に駆け寄る。
「すみません。条件反射で、つい」
「はい?」
「あぁ、いや。僕、保育士なんです」
ふふ、と、店員は一瞬だけ表情を崩すと、すぐにホテルマンの顔に戻り、「こちらでございます」と、隣の個室に手のひらを向けた。
端から二番目の個室。
この場所は小夜が指定した。
そこからの景色が一番綺麗だから、と。
「お連れ様がお見えになりましたら、またお伺いいたします」と、深々と頭を下げる店員に、「どうも」と、ヒョコっと首だけを下げて、個室の中を恐る恐る覗いてみる。
黒と木目を基調としたシャレた部屋。
中央に置かれた鉄板付きのテーブルには、二人分の座席が用意されている。
奥は一面ガラス張りになっていて、闇に包まれる気配を纏った空と、様々なグレーの色彩で塗られたビルが一望できた。
まるで別世界だな。
小夜はここで働いてるんだよなぁ。
なんだか、自分だけがこの場に相応しくない人間のように思えた。
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