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*** 「あれっ、小夜(さよ)先輩。いつもと比べて帰るの早くないですか~」 「このあと、ちょっと予定が入っててね」 「男子受けしそうなワンピースとピンヒールに、携帯と財布しか入らないバッグ。それって、合コンの勝負服ですよね!」 「残念でした。知り合いと会うだけよ」 「それ、絶対に彼氏じゃないですかぁ。合コンなら合流させてもらおうかと思ったのに~」 「どちらも間違い。しばらくは仕事命だから、彼氏なんて必要ないの。じゃあ、お先に」  私は、都内一等地に建つ外資系ラグジュアリーホテル「マリトンホテル」で、バトラーの仕事をしている。   格式高い海外ホテルではポピュラーでも、日本ではあまり馴染みのない職業かもしれない。  国内外のVIPが宿泊するエグゼクティブフロアなどのグレードの高い部屋だけにつく、お客様専属の客室係。  ホテル滞在中に充実した時間を過ごしてもらえるよう、それぞれのお客様のニーズを理解して、その方に合ったきめ細やかなおもてなしを心掛ける。  コンシェルジュは定められた場所に常駐しているのに対して、バトラーはお客様の手足となって動くことも多く、お客様に一番近い存在と言ってもいい。  しかも知識が豊富で、身のこなしが美しく、生活全般のサポートをそつなくこなせないとバトラーは務まらない。   時々、無理難題を出されることもあるけれど、お客様に喜んでいただけたときは、バトラーとして働ける喜びや誇りを心から感じた。  私にしかできない仕事。  神から与えられた天職だと思っていた。 ――でも残念ながら、これは本業じゃない。 
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