10人が本棚に入れています
本棚に追加
③愛情を注いで育てよう!
「孤独死・・・・・・?」
「はい」
ごく自然に頷かれ、勝俣は雷に打たれた感覚に陥る。突然部下に孤独死しそうだと言われるとは、一体どういうことか。
「な、なぜそう思ったのですか?」
私語うんぬん休憩うんぬん、それら全てが頭から抜け落ち質問すれば、高竹は遠慮なく物申した。
「課長って俺たちのこと、部下としてしっかり指導しますけど、それって愛じゃないなーって。なんか全部独り善がり、みたいな」
「独り善がり・・・・・・」
「だってこうやって赤ペン入れるのだって、役職が課長だからでしょ?」
持ち上げて揺らす資料。修正をお願いする箇所には赤ペンを入れた。
ミスがあれば指摘する。なぜなら部下のミスは私のミス。ならばミスなんてさせない。私がきっちり管理しよう。それが課長としての役割だ。
しかしそうじゃないと高竹は言った。
「俺たちがミスらないようにっていうより、自分のミスを減らしたいみたいな? それって結局自分の為ってことですよね。あぁ、別に責めてるとか、そういうんじゃなくて、ただ自分の為だけに働く社畜ってプライベートとか大事にしなさそうって思ったんです」
責めているわけではないと言うけれど、勝俣はなんだか怒られているかのような気持ちになる。
社畜の何が悪い。自分の生活の為に働くのであり、他人の為になんてただの責任逃れだろう。そもそもプライベートよりも仕事を優先するのはいけないことか? それとこれでどうして孤独死に繋がるのか────
「んで、そのまま爺さんになって退職。でも仕事しかしてこなかったから、趣味も好きなことも何もなくて、第二の人生を楽しむことも出来ずに孤独死・・・・・・みたいな?」
(────繋がった!)
勝俣は世界が揺れたような錯覚を覚える。
確かに、そう。確かに彼の言う通り趣味なんてひとつもない。小さな頃から立派な大人になれるよう勉強に勤しみ、会社に入れば仕事、家に帰っても次のプレゼンやクライアントのアポイントなど、予定の整理をしている。
プライベートを満たすことや、退職後の人生など考えたこともなかった。恋人だっていなければ、結婚願望もない。
(確かにこのままでは孤独死だ)
ズンと肩が一気に重たくなる。
「俺らの為に働けとかじゃなくて、もう少し仕事以外に目を向けないと課長、孤独のままですよ」
「私は・・・・・・孤独なのか?」
「さぁ? 課長がどう思っているのかは知りませんけど」
首を傾ける高竹の言葉に勝俣は返す言葉もない。孤独だと思ったことはないけれど、彼の重ねたそれを否定できる要素がひとつも見つからないのだ。
(そうか、私は孤独なのか)
考えれば考えるほど、自分はひとりであると自覚させられる。
「あ、時間なんで営業行ってきます」
高竹は固まってしまった勝俣を気にすることなく、直していた資料を保存する。テキパキと電源を落としてデスクに広がっていた赤ペンが入っているそれもファイルに入れる。そしてそのままカバンを持って行ってしまった。
「ちょっ、高竹さん!」
彼を引き止めるような声が聞こえたけれど、誰の声だろう。
「か、課長、あの」
そっと、いや怖々なのかもしれない。デスクから立ち、床真がこちらを覗き込んでいることにようやく勝俣は気が付く。そして「あぁ、すみません」と眼鏡を上げた。
「何か分からないところがありましたか?」
「え、いえ、ありま、せん」
「そうですか」
小さく頷き、「いつでも聞いてください」と続ける。そうだ。自分も仕事に戻らなくては。
珈琲を買いに行くことも忘れ、勝俣は気を入れ直すべく首を横に振れば、床真だけではなく近くのデスクに座る全員の視線がこちらを向いていた。高竹との会話はしっかり聞こえたに違いない。だがやはり彼らの視線にも答える言葉も見当たらなかった。
「仕事に、戻ります」
勝俣は自分に言い聞かせるように言い、キーボードに手を乗せた。
(気にするな。今は勤務時間・・・・・・勤務時間だ)
しかし気が付けばパソコンの画面に『孤独』と文字を打ち込んでいて、勝俣は頭を抱えてしまった。
「今日は散々な1日だった・・・・・・」
会社からの帰り道。なんとか仕事はこなしたものの、高竹に言われた『孤独』という言葉が頭の中でグルグル回り続けていた。
「そうか、孤独・・・・・・孤独か・・・・・・」
今まで寂しいと思ったことはない。親しい友達が欲しいと望んだことも。
学生時代、それなりに周りとは馴染んでいたけれど、誰かと遊んだりはせずに勉強ばかりしていた。
両親にそれを指摘されたこともあったものの、虐められることもなければ、仲違いしていたわけでもない。無難に付き合えているのだから問題ないとずっと思っていた。それこそ高竹に孤独死を予言のように言われたあの時まで。
今まで気にしたことがなかったというのに、どうして指摘されれば気にしてしまうのだろう。
孤独死がなんだ。仕事の為に生きて、社畜であろうが私は構わない。部下も自分もミスなく働ければ困ることだってないだろう。そう思う。そう思うのに。
「愛か・・・・・・」
そのミスが無いよう指導する。そこに愛は必要なのか、真面目に考えてしまう。高竹だって決してそれが絶対に必要だと言ったわけでもない。だが物は無いより有る方がいい。愛もそうなのか?
(愛・・・・・・)
改めて考えると愛とは一体なんだろう。今までそれを与えられて生きてきた──と思う。だがこれが愛だ! と自信を持って言える事柄がない。まず愛を形にすることの方が無理だろう。
(目に見えるものとして何かないだろうか)
部下に何かを奢るのは愛とは言えない。物を押し付けただけの自己満足だ。笑顔で対応するのを心掛ける、のは愛に繋がるのだろうか?
(まず愛を学ぶところから・・・・・・)
そう考えて思い浮かぶのはペットを飼うことだが、命が関わることをそんな安易に手を出してはいけない。
「愛・・・・・・愛・・・・・・愛情を注いで育てよう?」
悩みながら歩いているところに、視界に映った看板は、いかにも手作りですといった段ボール。そして貼り付けた紙には『愛情を注いで育てよう!』と書かれている。その下にあるのを見て、勝俣は手を叩いて叫んだ。
「これだ!」
物珍しそうにざわつくスーパーの出入口。そこに広がっていたのは、トマトの苗だった。
最初のコメントを投稿しよう!