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「——……オメガの彼女とうまくやれよ。じゃあな」
ハイボールを八本吞んだあとだった気がする。ゴムみたいな記憶で電話をきった。
ベータがアルファを振れた。ざまーみろだ。
オメガじゃないし、男だし、そもそも好きじゃなかったし、つき合ってなかったし……と電話越しで言ったとき、あいつの声は冷たかった気がする。ああ、知ってた。そうじゃないかなって。俺から言わせなくとも、自然消滅だった。未練たらしく言って悪かった。でも、こいつはなにも感じやしない。それも知ってた。
その日をきっかけに、端末を変えた。かかってくる内線も外出を理由に後輩の香ちゃんにかわってもらう。そのせいで、たまにだったランチ代が増えてしまった。会社も辞めようかと考えたが、このご時世そう簡単に決められない。馬鹿らしいほどに凹んだけど、失恋ごときでそこまではしたくない。
でも、あいつの噂を耳にするたびに肩を落としてしまう。目立つことがきらいだが、うつくしいものが好きな自分にとって、あの顔と体格はなかなかお目にかかれない。
それで、関係を断ち切れた、はず。
俺たちには番いという関係は、ない。だからつながっているすべてのものをぶった切った。そういえば、写真も一枚も撮ってなかった。
ひらくことのないドアを眺めるのも悲しい。いつも過ごしていた部屋に週末閉じこもっているのも淋しくて、俺は引っ越しもした。狭いワンルームから、少しだけ広い2DKにした。
やっと心が落ち着いて、ちょっとマッチングアプリで一発やろうとしたけど、待ち合わせ場所を前にしてすぐに逃げてしまった。相手が悪いとか、そういうのじゃなく、なんとなくあいつのきれいな顔が浮かんで、その場にいられなくなった。べろべろに酔って、だれかに電話した気がする。着信はこわくて見ていない。でも、だれに電話したのか知っている。指が覚えている。
そしたら、すぐにあの内示だ。ほらみろ、おれ。よくないことは続くということだ。本人のつよい希望らしいと誰かが口にしていた。つよい希望なんてあるんだ。日本が恋しくなったか、バカやろう。穏やかなあいつでもそんな気持ちがあるんだとちょっと心の中で笑った。
そんな記憶が蝕んで、いまだにひきずっている。半年もたつのにだ。つき合ってもないのに、どうしてこうも自分は未練たらしいのだろう。
「そういえば、あいつの好きなヤツは誰だったんだろうな……」
また、酒をあおる。
たぶん、結婚したオメガのゆかりちゃんだったんじゃないか。とにかく、かわいい女の子のだれかだ。
まぁ、戻ったらもどったらで、モテるはずだし困ることもない。向こうでも引く手あまただっただろう。それとも、同棲なんてしちゃってるから、顔合わせに帰ってくるのかな。
そのまま両親の承諾を受けて、結婚して、社内報に家族写真なんて載っちゃうんだ。子供なんてできたときは『イクメンアルファ』なんて特集記事を書かされて、俺はそれをうっかりなんども読んでしまうんだ。
よくないことはぽんぽんと、自然に浮かんでくる。これは俺のいいところだ。危険察知能力ともいえる。
俺はアルコール度数九%とかかれた缶をまた一気に呑んで、床に視線を落とす。鏡にはなにも映っていない。ぼんやりとあいつの顔が目に浮かぶ。焦茶色の柔らかな髪の毛に、澄んだチャコールグレーの瞳。シャープな顎。
そんな感じ。明日はひまだし、もう寝よう。寝てることにしよう。来週から、なにごともなかった感じにふるまおう。そうしよう。
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