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館内の静けさがまるで嘘のように、外の世界は音に満ちている。
それでも敷地内に設えられた花壇と噴水が、いささか心を癒してくれる。
ふと、私の視界の端に光るものが映った。
振り返ると、光に見えたそれは甘い蜜に誘われるかのように、ひらひらと舞い降りていく。
黒い縁の中に、黄色い紋様。
キアゲハだろうか。
幾らも知らない蝶の名前を思い浮かべる。
そういえば、と私は再び歩み出した足を止めた。
父の気をどうしても引きたかった私は、たまたま庭先で捕まえた蝶を手に、父のアトリエに入り込んだことがあった。
しかし、やはり絵にしか興味なさそうな父を見て、私は諦めた。
その時だ。
私の思いを汲んだのか、大人しかった蝶が手の中からするりと抜け出してしまった。
あ、と私はその時初めて声をあげた――
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