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魔女狩り
16世紀初頭フランス南部の片田舎。
風光明媚な村の片隅にある小さな家畜小屋で、白昼堂々と惨劇は進行していた。
「しぶとい娘だ。まだ口を割らないか?」
"神の炎"を自称する異端審問官が、黒衣のソデをひるがえしてムチをふるう。
「オマエは魔女だ! そうだな? ただ一言、はいと返答すればいいのだ」
しめ出された牛たちの代わりに、荒縄で首をくくられ閉じ込められたフロール・ランタンは、華奢な肩に直接食いこんだムチの衝撃に耐えきれず、足もとの藁の上にうずくまる。
すると自動的に、天井につながれた荒縄がピンと張って、細い首をつるしあげる格好となる。
「……っ!」
フロールは、やむなく柱に取りすがり、ヨロヨロと立ち上がる。生まれたての仔牛さながらに、ヒザを細かく震わせながら。
母親に「わたしの可愛いコマドリ」と慈しまれてきた可憐な声は、苛烈な拷問によって悲鳴と化し、3日目にして完全に枯れ果てた。
簡素な麻のドレスはボロボロで原型をとどめておらず、裸といったほうがサシツカエないほどだ。
無垢な少女の肢体は、これも生来の小麦色の艶やかな地肌が原型をとどめていない。
そこかしこにフクレあがったミミズばれに、きつく編み込んだナメシ革の打擲が容赦なく重ねられるたび、真っ赤な血しぶきが跳ねあがった。
フロールの全身は、すでに血まみれだったのだ。もぎたての果実のように甘やかに輝いていた長い苺金髪も、ヌラヌラとした鮮血に濡れそぼっていた。
旅芸人の娘として生まれ、ずっと国じゅうを渡り歩いてきた。
平均的な15才の少女たちと比べれば、奔放なまでに無邪気で、見た目も幼くあどけない。
それだけに、血だるまの姿は、いっそう凄惨さをただよわせる。
「母親ゆずりの強情だな」
異端審問官は、品のいい白い顔にまだニキビの名残を残す、驚くほど若い青年だった。
しかし、聖水で浄められし数々の凶器を操ってきたほっそりした手に、微塵の迷いもない。
「オマエも火あぶりにされたいのか?」
と、薄い笑いを含みさえしながら、再びムチをうならせる。
「……く……ふっ」
砕けるほどに歯を噛みしめたが、こらえきれなかった。
占術師だった母の愛用の水晶玉にもよく似た、透きとおる赤紫色の双眸を、激痛でカッと見開いたまま、フロール・ランタンは一瞬で気を失った。
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