魔女狩り

1/5
前へ
/52ページ
次へ

魔女狩り

 16世紀初頭フランス南部の片田舎(かたいなか)。  風光明媚(ふうこうめいび)な村の片隅(かたすみ)にある小さな家畜小屋(かちくごや)で、白昼堂々と惨劇は進行していた。 「しぶとい娘だ。まだ口を割らないか?」  "神の炎"を自称する異端審問官(いたんしんもんかん)が、黒衣のソデをひるがえしてムチをふるう。 「オマエは魔女だ! そうだな? ただ一言、はい(ウィ)と返答すればいいのだ」  しめ出された牛たちの代わりに、荒縄で首をくくられ閉じ込められたフロール・ランタンは、華奢(きゃしゃ)な肩に直接食いこんだムチの衝撃に耐えきれず、足もとの(わら)の上にうずくまる。  すると自動的に、天井につながれた荒縄がピンと張って、細い首をつるしあげる格好となる。 「……っ!」  フロールは、やむなく柱に取りすがり、ヨロヨロと立ち上がる。生まれたての仔牛さながらに、ヒザを細かく震わせながら。  母親に「わたしの可愛いコマドリ」と(いつく)しまれてきた可憐な声は、苛烈(かれつ)拷問(ごうもん)によって悲鳴と化し、3日目にして完全に枯れ果てた。  簡素な麻のドレスはボロボロで原型をとどめておらず、(はだか)といったほうがサシツカエないほどだ。  無垢(むく)な少女の肢体(したい)は、これも生来の小麦色の(つや)やかな地肌が原型をとどめていない。  そこかしこにフクレあがったミミズばれに、きつく編み込んだナメシ(がわ)打擲(ちょうちゃく)容赦(ようしゃ)なく重ねられるたび、真っ赤な血しぶきが跳ねあがった。  フロールの全身は、すでに血まみれだったのだ。もぎたての果実のように甘やかに輝いていた長い苺金髪(ストロベリーブロンド)も、ヌラヌラとした鮮血に濡れそぼっていた。  旅芸人(ロマ)の娘として生まれ、ずっと国じゅうを渡り歩いてきた。  平均的な15才の少女たちと比べれば、奔放(ほんぽう)なまでに無邪気で、見た目も幼くあどけない。  それだけに、血だるまの姿は、いっそう凄惨(せいさん)さをただよわせる。 「母親ゆずりの強情(ごうじょう)だな」  異端審問官(いたんしんもんかん)は、品のいい白い顔にまだニキビの名残(なごり)を残す、驚くほど若い青年だった。  しかし、聖水で(きよ)められし数々の凶器を操ってきたほっそりした手に、微塵(みじん)の迷いもない。 「オマエも火あぶりにされたいのか?」  と、薄い笑いを含みさえしながら、再びムチをうならせる。 「……く……ふっ」  砕けるほどに歯を噛みしめたが、こらえきれなかった。  占術師(せんじゅつし)だった母の愛用の水晶玉にもよく似た、透きとおる赤紫色(マゼンタ)双眸(そうぼう)を、激痛でカッと見開いたまま、フロール・ランタンは一瞬で気を失った。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加