人格と風俗

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 僕は今日初めて風俗というものに友達に誘われて行ってみた。正直、凄かった。こういう世界があるのだと。友達の田中浩二たなかこうじに半ば無理矢理連れていかれた。彼は、31歳。僕は32歳。僕はこの年になるまで童貞だった。風俗で童貞を失った。  僕の名前は日向春ひゅうがはる。仕事はしていない。心に障がいがあり、障害年金を貰っている。障害等級は2級。  普段はあまり性欲は湧かない。田中君に誘われた時は最初断った。でも、 「このまま童貞でいいの? 彼女出来てその年で童貞って言ったら引かれると思うよ」 と言われ彼の奢りで行ってきた。  凄く緊張した。何をされるのだろうと思って。いつもは自分で自分を慰めていたのだけれど。また今度行きたいと思う。次は僕が誘うからと言っておいた。お金は自分の分しか出せないけれどという話もした。  翌朝5時頃、こわい夢を見て目覚めた。それは、飛び降り自殺をしている人と目が合う、という夢。でも、その人とは会ったことがあるような気がする。誰だったか思い出せないけれど。  僕は霊感があると思う。見たり、感じたりするから。母親には、 「除霊しに行ってきたらは?」 と言われた。 「除霊したって霊感は弱くならないしょ」 専業主婦の母は洗濯物を干しながら喋っている。母と言っても義母だ。それでも僕が幼児の頃から大切に育ててくれた。厳しいと思ったことがない。父の先妻は、僕が産まれて間もなくして病気が原因で亡くなった。なので、産みの親の顔は遺影でしか見たことがない。覚えていない、と言った方が正しいかな。  今日は午後2時に病院を受診する予定。病名は、解離性同一性障害。僕の中には3人の人格がいる。主人格は、日向春。2人目は21歳の男性で、龍りゅうという。性格は、気が短い。3人目は29歳の女性で香織かおりという名。穏やかな気性の持ち主。4人目5歳の男の子で進すすむという名前。大人しい性格。本人合わせた全部で4人の人格達は記憶を共有している。自分でネットを見て調べたら、幼少期に親などから暴力を受けた人がなりやすい、と書いてあった。僕はそんなことがあっただろうか?記憶にございませんだ。なりやすい、というだけで絶対なるとは限らないけれど。でも、僕は病気になってしまった。何故だ?理由を主治医に訊いたけれど、 「なってしまったことを悔やむより、これから先のことを考えよう、どうやったら楽しく生きていけるか、とかね」 言っていた。確かにそうかもしれないけれど、何かある度に、ネガティブに考えてしまう。これは、僕の思考回路なので変えるのは難しいと思う。既に諦めの境地だ。でも、よく考えてみると、90歳まで生きると仮定して、僕はまだ人生の3分の1しか生きていない。これからだな、と思うことができた。この思いは大きな収穫だと思う。これからの人生の糧になるはずだ。人格達は、後々、統合しようと思っている。主治医ともそういう話をしてある。「僕」という主人格のメンタルが弱っている時、例えば別人格の龍や香織に自然と入れ替わっている。彼らにはかなり助けてもらっている。  8月はお盆がある。祖父母と父のお墓参りに行かないと。祖父は肺ガンで亡くなった。76歳の時。75歳まで煙草を吸っていたらしい。祖母は老衰で亡くなった。92歳だった。父親は肝臓ガンで他界した。お酒の飲み過ぎが原因だったらしい。僕もそれ程長生きしたいとは思っていない。安らかに眠るように逝きたい。でも、父や祖父母はもっと生きたかったのではないだろうか?そう思えてならない。それが彼等の寿命という奴だろう。仕方がないとしか言いようがない。  いまは6月。15日は障害年金の支給日。田中君と風俗にいこうかと思っている。すっかり風俗にはまってしまった。誘ってみようと思い、LINEを送った。 <こんにちは、今月の15日以降に風俗に行かない? このまえの店がいいんだけど>  時刻はスマホを見ると17:32と表示されている。彼は何時まで仕事だっただろうか。忘れてしまった。  ボーっとしている内に18時を回っていた。その時、LINEの通知音が鳴った。画面を見てみると、田中君からだった。本文は、 <春さん、すっかり風俗にはまったね(笑)>  確かにそうだ。なので、 <そうだね。はまったわー。田中君のせいだぞー(笑)>  返信はすぐに来た。 <それはいいことだよ、男なんだから>  まあ、そりゃそうだ。図星なので黙っていた。田中君は続けてLINEを送って来た。 <15日以降がいいの? それなら俺も金ない時期だから給料日過ぎた日曜日にしよう?>  それでもいいと思ったので、 <うん、いいよ。ガソリン代払うから乗せてってくれない?> <ガソリン代なんかいらないよ。誘ってくれて嬉しいから> <そうなんだ、ありがとう! 悪いね>  田中君は、フフンッと鼻で笑った。 <何もだよ、全然悪くないよ>  翌日、僕は具合いが悪かった。なので別人格の龍が出てきた。記憶は共有しているので龍が何を話したかは把握している。彼は気が短い。だから、何度となく喧嘩をしている。チンピラを数人相手にボコボコにするとか、主人格の日向春ではありえないことだ。龍は今日も男子高校生3人を相手に殴り合いの喧嘩をした。また、後で因縁付けられるかもしれない。  しばらくして人格は龍から日向春に戻った。喧嘩をしたせいか、拳が傷だらけ。唇も切れていて痛い。全く、嫌気がさしてくる。龍のいい所は、誰にも負けない、という強い気持ちがあること。でも、香織はそこまで強い気持ちはないが、僕よりは強いと思う。  いまの時刻は朝5時30分頃。早く目覚めて喉が渇いたので、コンビニまで車で行った。運転中誰もいないはずの助手席に水色の着物を着た若い女性が座っているように見えた。霊か? それとも錯覚か? 時たまこういうことがある。車の中で何かが見えるという。  これからの僕の課題は収入を障害年金だけじゃなく、働くこと。病気を克服すること。風俗に行ってから彼女が欲しくなったので彼女を作ること。この3点。がんばりたいと思っている。明るい未来にするために。                                (終)
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