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「なに? 転んだとこ、痛いの?」
「見てた!?」
「うん、瞬間ね」
恥ずかしい、見られてた!
ニッと白い歯を覗かせ、猫のように目を細めて笑う類くんのキラキラスマイルを、まともに受けちゃったら心臓が大変なことになる。少しだけ視線をはずして困ったように笑い返した。
五、六時限目の体育は、よりによって女子はマラソン。
しかもグラウンド三十周とか、鬼のようなものだった。
男子はその中心でハードル走とか走り高跳びとか、女子だってそっちが良かったと思ったけど、来週は逆だというので仕方がない。
梅雨時だし午前中に雨が降り出せばと願ったのに、今日に限って薄曇り。
無事にマラソン日和となっちゃって、運動が苦手な私だって精一杯頑張ったんだよ、ビリにはならない程度に。
だけど、最後の周に疲れて足がもつれて、思いきり転んでしまって結局ビリ……。
「どうりで男子の笑い声が聞こえた気がした……」
「でも日菜にしちゃ、最後までよく頑張ったって皆言ってたよ」
「それって、どういう、」
むっと唇を尖らせた瞬間、足元の下水道のタイルにつまずいて、つんのめる。
「だから、そういう意味」
クックと笑った類くんが、私の腕をつかんで転ぶのを制してくれた。
「い、今のは、見えてなくて」
「そういうことにしといてあげる」
楽しそうに笑った類くんの手は、私の腕からスッと下がって今度は手を握る。
心臓よ、どうか鎮まって、少し静かにして。
でなきゃ、類くんに伝わってしまうから。
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