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 母は期待いっぱいの瞳を愛理へ向けている。  30歳手前の娘が話があると聞いて、きっと妊娠の報告を期待しているのだろう。そんな母に、真逆の話をするのは、なんだか、申し訳ないような気がした。 「私、淳と離婚しようと思っています。近日中に離婚の手続きに入る予定です」  決心が鈍らないうちに話を切り出すと、ふたりとも驚きの表情を浮かべている。そして、父が握った拳がわなわなと震えていた。そして、眉間にしわを寄せ愛理を睨みつけるようにして口を開いた。 「いったい、どうことなんだ!」 「淳との信頼関係が崩れたの。もう夫婦で居るのは無理だと思う」 「お前の我慢が足りないからそんな考えになるんだ。夫婦なんてものは、いいときばかりじゃない。淳君に我が儘を言ったらだめだ」  予想通りの父の反応に愛理は、耐えるようにギュッと手を握る。   「私は、精一杯の努力も我慢もしてきた。その挙句、私の友達と不倫して信頼を裏切ったのは淳なんだよ。これ以上我慢なんて出来ない」  その内容に父は額に浮かんだ汗を拭きながら取り繕うように話しだす。 「淳君だって、魔が差すこともあったのかもしれない。大目に見てあげたらどうだ?」  親なのに、不倫をされた娘を思いやるよりも、不倫をした娘婿を擁護する父の言葉に呆れ返る。愛理は目を閉じ、大きく息を吐き出した。 「お父さんが何を言っても、私は考えを変えるつもりはないの。これ以上、娘が不幸で居続けてもいいの? お父さんは、私が淳と離婚したら、自分の生活が苦しくなるのを心配しているんでしょう。私のことなんて、どうでもいいんでしょう」  思いのたけを父へぶつけた愛理に母が口を挟む。 「愛理、お父さんに向かって、そんな口の利き方をして!」    ここに来る前から何を言われるかわかっていた。子供の頃からそうだった。けれど、実家のことを気に掛けて、立ち回っていた自分の苦労は、何だったのだろうか。と愛理はやりきれない思いに囚われた。
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