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次の日俺は、恭平に昨夜書いておいた紙を押しつけた。
恭平は紙を全く見もせずにくしゃくしゃにしてポケットに突っ込んだ。
捨てられなくて助かった。
沢江がにやにやと笑いながら近づいてくる。
「三原、ちょっと手を貸してくれよ」
返事も聞かずに俺の手をぐっと握った。
脳天まで届きそうな鋭い痛みが手のひらに走る。
俺は歯を食いしばった。
「ふん、これは新しい遊びだからもっと喜べばいいのに」
沢江はぐっと俺の耳元に顔を寄せて声を殺した。
「おまえの妹、今年入学してきたってなあ。楽しみだよな」
何も言っていないも同然なのに、妹の千尋に何かされたらと思うと一歩も動けなかった。
俺はこんな卑怯なやつに何も言い返せないほど弱かっただろうか。
琢真が青くなって俺から視線を外すのが見える。
琢真は千尋のことも知っている。
思い当たったところで琢真も被害者にすぎないから、責める気にはなれなかった。
担任が教室に入ってきて、沢江は無邪気に聞こえる笑い声を上げながら席に着いた。
一から十まで見ていたとしても、遊んでいるだけにしか思われないだろう。
手のひらを見ると、画鋲でもにぎりこんでいたのか血の玉が盛り上がっている。
恭平はこんなぞっとする誰も味方のいない毎日を何か月も送っているのだ。
俺の考えはひどく甘かったのかもしれない。
そう思いながら、放課後向かったのはカラオケ喫茶『虹』だ。
合唱団を最初に立ち上げた一人、虹川さんが経営している。
合唱団の練習がない日は店を練習場所にしていいと言われている。
俺はその言葉に甘えっぱなしだった。
中学生が学校帰りに寄り道しているのを誰かに見られたら通報されかねないので、裏にある虹川さんの自宅を通ってお邪魔させてもらっている。
「佑、何か顔色悪いな。体調悪いんじゃないのか?」
虹川さんはすごく気のつく人だ。
「大丈夫です……ちょっと……今、いいですか?」
ちょうどお客さんはいなかった。
虹川さんはひげを一つ撫で、笑って頷いてくれた。
「あの、虹川さん。小学生の時合唱団にいた恭平のこと、覚えてますか?」
「もちろん。ちょっと忘れられない子だったねえ、元気にしてるのかい?」
「その恭平がいじめに遭ってるんです……いじめてるやつも知ってて、昔はそんなやつじゃなかったのにひどく変わってしまってた」
俺が今日あったことを話すと、虹川さんは絶句した。
しばらく経ってからようやく口を開いた。
「事情があるのかもしれないけれど。私はいじめは犯罪だと思っているんだ。いじめられるやつも悪いなんていう言葉は断じて認めない」
いつも優しい虹川さんとは思えないほど強い口調だった。
ちょうどその時、裏の自宅の呼び鈴が鳴った。
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