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「歌うって何を?」
「何でもいい、花とかどう?佑低い方やってくれよ、僕が上歌うから」
恭平は大雑把なのも相変わらず、専門用語なんて全く覚えられないやつだったのだ。
ついでに楽譜も読めない。
「おまえ今俺より声低いのに」
「大丈夫!行くよ!」
いつの間にか引きずりこまれていた。
気持ちがいいと心から思える。
恭平の地声はバリトンに近いのに、全く無理のないテノール。
曲をさくらさくらに変えると、裏声に変わった瞬間がわからないほど自然にアルトの音域にまで突入していた。
「ちょっと待て恭平」
「え?いいとこなのに」
「何オクターブ出るんだよ?って言うか、何で合唱団やめたんだよ」
「急に声変わっちゃったからびっくりして。変声期過ぎてみたら、そんなに歌えないこともないなーって思ったけど戻るのも恰好わるいしさ」
「おっちょこちょいなの?」
「うん」
虹川さんが声を立てて笑った。
そして真剣な顔に戻る。
「いい機会だったから今の録音させてもらったよ。やっぱり二人とも凄いな。ちょっと考えがあるよ。知り合いにこれ聴いてもらおう」
虹川さんが何を考えたのかはわからなかった。
次の日から恭平は変わった。
誰にも関わらないようにしていたのを、さらりと壁を取り払ったように見えた。
誰も恭平に言葉を返せず無視されたままなのに、無造作に誰にでも声をかけるので、気まずくなっているのはクラスメートの方だった。
苛立った沢江が露骨に仕掛けてくる嫌がらせを楽しんでいるようでもある。
そして、その週が終らないうちに返事が来た。
それは俺たちの想像をはるかに超えたことだった。
「この間言ってた知り合いがテレビ番組の制作に携わってるんだ。二人の歌を直接聴いてみたいって言ってきたんだよ」
虹川さんは円らな目をきらきらさせている。
「えええ?」
「無理にとは言えないけどね。ご両親にも話して……」
「行きます!!」
俺は即答していた。
「恭平!行くよな!!」
「歌わせてくれるならどこにでも行く」
「決まりです!!」
「気持ちはよくわかった。でも君たちのご両親には話をするからね」
話はとんとん拍子に決まった。
歌を聴いてもらうだけだったら、と恭平の両親は何とか賛成してくれた。
俺の両親はお気楽だから、手放しで喜んでくれている。
すぐに約束の日が来て、俺たちは虹川さんに連れられて目的地に向かった。
着いたのはおしゃれなビルの一室。
『SHIDA』と看板だけが出ている。
制服姿の俺たちの場違いっぷりがすごい。
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