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部屋で待っていたのは、おかっぱ頭のまだ若く見える女の人だった。
俺たちを見てにんまりした。
童顔な人なのに、虎か豹ににらまれた気分になるのはなぜだろう。
「虹川君、でかした、よく見つけてくれた!」
「志田先輩、ここで歌って大丈夫ですか?二人とも結構な声量ありますよ?」
「そうだね、防音はしてあるよ。私の中ではもう『シーク』に出場決めてるんだけどね。あの歌声でこのやんちゃなビジュアルだよ。ギャップ萌えだね」
俺は頭が真っ白になった。
『シーク』はオーディション番組。
歌手に限らず色んなアーティストが出場する。
予選と本選があり、本選で審査員や芸能事務所に認められればプロデビューも可能だ。
「佑、しーくって何?」
「テレビ見てないのか」
「夜九時に寝ちゃうからなあ」
「うちのじいちゃんか!」
虹川さんがこめかみを押さえ、志田さんは豪快に笑った。
「キャラクターもいいよね。挨拶が遅れました。私は志田小春、フリーのディレクターでシークの現場監督を任されてます」
ひょいと名刺を差し出されてしまった。
「ああっ!俺は三原佑です」
「僕は島中恭平」
とんでもない大物にものすごく失礼なことを言った恭平だが、志田さんは全然気にしていないようだ。
志田さんが指定してきた曲を何曲か歌った。
恭平は古い歌しか知らないが、一度歌って聞かせればすぐについてこられる。
それどころかすぐに暴走しそうになるので、抑えるのが大変だった。
「虹川くんに感謝しなくちゃいけないね。わたしの知ってる歌い手の中でも、こんなに才能が計り知れない子たちはいないよ。それもお互いがお互いを高め合える」
「先輩……」
虹川さんが何か言いかけるのをさえぎって、志田さんがあらたまった様子で俺たちに向き合った。
「佑君と恭平君。シーク出場を正式に依頼します」
とんでもないことになった。
いや、いつかはと望んでいた舞台だけど、いざとなると怖い。
シークで認められると知名度は跳ね上がる。
けれども、いったん否定されたらもう二度と立ち直れないくらいにこき下ろされる。
少し考えさせてもらえないかと答えるつもりだった。
「はい!」
いいお返事。
恭平がぴょこんと頭を下げたのを見て、俺は慌てた。
「うぉい恭平!」
「え?それしかないだろ?」
俺は覚悟を決めて志田さんにお願いしますと伝えた。
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