ありふれたぴかぴかの石ころ

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「エルツの二人は今日は何を歌ってくれる?」 本選。 審査員の風当たりはすっかり柔らかくなっていた。 予選を通過した次の日は、学校での俺たちの扱いは劇的に変わった。 他のクラスの生徒だけでなく、下級生や上級生までがしばしば覗きに来た。 沢江が表立って行動を起こしてくることはなくなっていた。 いじめの話を生い立ちで紹介したり、志田さんが用意してくれた曲を歌えば、視聴者の応援がもらえるかもしれない。 もしかすると夢が叶えられるかもしれなかったけれど、俺たちはそれを選ばなかった。 「オリジナル曲です。俺が曲を、恭平が詞を書きました」 俺が短く紹介すると、ほう、と言うようなざわめきが起こった。 恭平が、俺の言葉を引き継いだ。 「佑がいなければ僕はここに立っていることはありませんでした。少しだけでいい、皆さんの時間を僕たちに下さい」 『おとといしぬほど小指をぶつけたぼくは いま友だちの横でこうして歌ってる おまえの居場所はそんなちっぽけな箱じゃない 叩いて蹴破れそしてただ大きく息をしろ』 無茶苦茶なテンポで高低差の激しい曲を、恭平は笑って歌ってのけた。 声量のある高音はどこまでも駆け上がってゆく。 俺はもうついていくだけで精いっぱいだったが、同じ様に笑っていた。 「沢江には今はわからないだろう、でもいつかわかればいいな。クラスのみんなにもな。教室みたいな場所にいれば誰でも変になる。あいつをやりこめてざまあみろなんて僕は言えない」 そう呟き、この曲を歌わせて下さいと志田さんに頼みこんだ恭平の強さに、俺は頷くだけだった。 予選とは比べ物にならない拍手に包まれながら、俺たちはぎこちなく汗のしたたる頭を下げた。 「今日の君たちのことを私たちも観客も忘れないだろう。私たち審査員はこう決めた。このステージでオッケーを出さないとね。今しか出ない声がある。それは貴重だが、私たちは、五年後の二人と会いたいと判断した」 6d49f347-3980-4439-b05e-a2ff3e9ceee7
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