37人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「エルツの二人は今日は何を歌ってくれる?」
本選。
審査員の風当たりはすっかり柔らかくなっていた。
予選を通過した次の日は、学校での俺たちの扱いは劇的に変わった。
他のクラスの生徒だけでなく、下級生や上級生までがしばしば覗きに来た。
沢江が表立って行動を起こしてくることはなくなっていた。
いじめの話を生い立ちで紹介したり、志田さんが用意してくれた曲を歌えば、視聴者の応援がもらえるかもしれない。
もしかすると夢が叶えられるかもしれなかったけれど、俺たちはそれを選ばなかった。
「オリジナル曲です。俺が曲を、恭平が詞を書きました」
俺が短く紹介すると、ほう、と言うようなざわめきが起こった。
恭平が、俺の言葉を引き継いだ。
「佑がいなければ僕はここに立っていることはありませんでした。少しだけでいい、皆さんの時間を僕たちに下さい」
『おとといしぬほど小指をぶつけたぼくは
いま友だちの横でこうして歌ってる
おまえの居場所はそんなちっぽけな箱じゃない
叩いて蹴破れそしてただ大きく息をしろ』
無茶苦茶なテンポで高低差の激しい曲を、恭平は笑って歌ってのけた。
声量のある高音はどこまでも駆け上がってゆく。
俺はもうついていくだけで精いっぱいだったが、同じ様に笑っていた。
「沢江には今はわからないだろう、でもいつかわかればいいな。クラスのみんなにもな。教室みたいな場所にいれば誰でも変になる。あいつをやりこめてざまあみろなんて僕は言えない」
そう呟き、この曲を歌わせて下さいと志田さんに頼みこんだ恭平の強さに、俺は頷くだけだった。
予選とは比べ物にならない拍手に包まれながら、俺たちはぎこちなく汗のしたたる頭を下げた。
「今日の君たちのことを私たちも観客も忘れないだろう。私たち審査員はこう決めた。このステージでオッケーを出さないとね。今しか出ない声がある。それは貴重だが、私たちは、五年後の二人と会いたいと判断した」
最初のコメントを投稿しよう!