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Act.2
「魔術師様、本当にありがとうございます」
小柄な老人がリアーナに頭を下げた。彼はこの村の村長で、魔物退治の依頼主だ。正確には領主が寄こした一〇名の兵が魔物に返り討ちにされて新たな兵が来るのを待っていたところを、リアーナが強引に仕事を奪い取った。
いくら魔術師と言えど、小娘と柴犬が正規の兵士十人より頼りになるとは村長も思わない。彼は彼女たちを必死に止めた。が、そんな言葉に非常識な主従が耳を傾けることはなく、ご存知のとおり魔物たちを殲滅し、さらにお土産まで見つけて戻ってきたのだ。
「いえ、困っている人たちを見過ごすことは出来ませんから」
善良な人間を演じる笑顔でリアーナは応えた。まぁ、建前はともかく彼女はメシの種を逃すような魔術師ではない。
「少ないですが、お受け取りください」
村長は小さな袋を差し出した。
「お心遣い、痛み入ります」
リアーナはすまし顔で袋を受け取りつつ、重さから金額を推量した。中には彼女が一ヶ月くらいは食べていける額は入っている。
「いいえ、魔物に連れ去られた者はみな喰われてしまったと諦めていたのですよ。戻ってきてくれた者がいただけで、本当に感謝しております」
再び村長は深々と頭を下げた。
「それは私の力ではありません、運が良かっただけです。それより、あの子の親は?」
村長は顔を顰めて首を振った。
「赤子も二人さらわれているのですが、一人は親が生き残っておりましたが自分の子ではないと。もう一人は親も連れ去られ……」
「帰ってこなかった」
悲しげに村長は頷く。
「わかりました、私が一旦預かります。一眼鬼たちに捕らわれていたのはこの村の人たちだけではありません。他の村も襲撃していたので、そちらにも確認してみます」
「そうしていただけると助かります。今は手が足りないので……」
村長は背後を振り返る。そこには破壊された家や店などが並んでおり、村人たちが修理に追われていた。
「もし、親が見つからなければ、その時は我々で……」
「フーイ!」
籠の持ち手を咥えたウリエルが、村長の言葉を遮った。籠の中には赤ん坊が入っていて、今までウリエルが宙に持ち上げてあやしていたのだ。
「ダメよ、あんたは世話が出来ないでしょ!」
「フゥウゥウウウウ!」
「ダメったらダメ! いっつも世話は自分がするって言って、やらないでしょッ。クワガタは冬になる前に死んじゃったし、ハツカネズミは大量に繁殖して穀物庫を襲撃したじゃないッ!」
「ハツカネズミが襲撃?」
村長が唖然とする。
「人間はクワガタやハツカネズミよりも、凄く世話が大変なのよ。だから、もしその子の親が見つからなければ、この村の人たちに託すわ」
リアーナは正しい。いくら何でも人間の赤ん坊の世話を、この柴犬もどきが出来るわけがない。
「フゥウ~!」
怒るな、事実だ。
「ウリエル、ちゃんと聴いている?」
「ウゥ~」
ウリエルが聴いてたと応えると、リアーナは頷いた。
「それじゃ、早く赤ちゃんの親を探してあげないとね。村長、私たちはこれで失礼します」
「お待ちください、今から向かっては隣村に着く頃には夜中になってしまいます。この状況なので、大したお持てなしは出来ませんが、今夜は泊まっていってください」
村長の提案にリアーナは顎に指を当てて考えた。
「そうですね……わかりました、ありがたくお言葉に甘えます」
この言葉に村長は相好を崩した。
「では、こちらにどうぞ」
リアーナたちを破壊されなかった家へと案内する。隣村に行く件については、ウリエルの封印を解いて乗っていけば数分で着けるのだが、魔力の消耗を抑えることを彼女は選んだ。明日の朝一番に村を出れば、歩いて移動しても隣村で赤ん坊の親を探す時間は充分に得られるはずだ。
そして、問題はこの夜に起った。
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