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Act.3
リアーナがウリエルの家出に気付いた頃、当の本人、いや本犬は……
「ガウ!」
あ~、もう面倒なヤツだな。お前の飼い主も犬って言っているんだから、犬でいいだろう?
「アウ、ガウガウッ、ガウ!」
描写は正しくしろって? なおさら柴犬、もっと正確に言うならタヌキに近いアカシバだろ。
「ウゥ~!、ガウガウアウッ。ガルルル、アワアワアワ、ガウ!」
うるさいな。いいだろ? 少しぐらい流行を意識したって。確かに「サイクロプス」は「一眼鬼」じゃなくて「一眼巨人」のほうが正確だけど、今は「鬼」が……
「ガウッ、アウ、アワアワ!」
わかったわかった、使い魔のウリエルは赤ん坊を連れて森の中にいた。これで良いか?
「キュイ!」
リアーナが風呂に行っている間に、ウリエルはまんまと赤ん坊を連れ出した。どうしても自分で世話をしたかったのだ。
「キュイッ、ヘッヘッへッ、ガウ! ウゥウゥウゥ~」
普段タダ働きしているんだから、人の子供をもらう権利ぐらいある? いやいやいや、いくらブラックだからって、それはムチャクチャだ。
実際、今、その子に泣かれて困っているんだろう?
そう、赤ん坊が泣き出して、ウリエルは足止めをされている。彼はにおいを嗅いで、赤ん坊がお漏らしをしたのではないことは確かめていた。となれば、お腹が空いているのだろう。ウリエル、ミルクは持って来ているのか?
「キュ~イ」
もっとおいしい物がある? ウリエルは器用に胸の毛の隙間に前足を入れた。この動きを見ると、ただの柴犬ではないと実感させられる。それとウリエルの胸には、異界に通じる隙間があるのだ。そこに彼はリアーナの荷物や自分の食料などを入れておく。異界は一つの亞空間だから、ほぼ無制限に物をつめておくことが可能だ。解りやすく言うと、有名なロボットマンガの青い機体と同じ機能があるのだ。まぁ、こちらは『四次元』ではなく『異界』だが。
とにかくウリエルは胸にある異界の隙間から何かを引っ張り出した。物理的に胸の隙間からは出せるはずのないサイズが、不自然にデフォルメされた形で出てくる。当然、魔力を使用しているから簡単に必要なものを見つけられて、無理な出し入れも可能なのだ。
ウリエルが取り出したのは、昼間討伐した一眼鬼の肉塊……って、そんな物、赤ん坊が食べられるわけないだろ!
「ガウ!」
だから、いくら美味しくてもダメなんだよ。赤ん坊には、お前のような何でも噛み切れる歯が無いんだから、ミルクを飲ませなきゃならない。
「ウゥ~」
意地を張らずにリアーナのところに帰れ。本来、私は観察するだけでこの世界に関わってはならないが、お前は私の声が聞こえる例外だから忠告してやる。赤ん坊が可愛いなら戻れ、このままじゃお腹を空かせて可愛そうだし、そのままにしておいたら命に関わるぞ。
「ク~」
ウリエルは悲しそうな声を出すと、しばらく泣く赤ん坊の顔を見つめ、肉塊を胸の隙間に戻した。そして泣き続ける子供の顔をペロペロと舐める。
「クーン……」
うん、やっと解ったようだな。急いで連れ帰って、その子のお腹を満たしてやれ。
「ウゥ~」
完全に納得したわけではないが、ウリエルは赤ん坊を入れた籠の持ち手を咥えて空中に浮き上がる。ところが不意に動きを止めた。
ん? どうした……
「へッ」
ウリエルが警告の声を発すると、ガサガサと何かが近づいてくる音が聞こえた。しかも、その音は複数の何かが近づいてくることを示している。ウリエルは戦うよりも逃げることを選択した。籠の持ち手を咥え直し、音とは反対方向に素早く飛んでいく。
藪をかき分ける手間が無い分、空中を自在に移動できるこちらのほうが有利だ。そうウリエルが思った刹那、眼の前に巨大な何かかが舞い降りた。強烈な風に煽られ、赤ん坊が驚いて泣声が止む。
「ウゥ~」
それを睨み付け、ウリエルは低く唸った。そこには巨大な鷲がいた。いや、鷲ではない、背中から巨大なライオンの下半身が生えている、これは鷲獅子だ。本来はもっと山奥に生息しているはずなのだが。
ウリエルは横に逃れようとしたが、すでに取り囲まれていることに気付いた。先程、藪からウリエルたちに迫ってきた、蜥蜴人だ。八体の蜥蜴人が、ウリエルと赤ん坊を取り囲むようにして、ジリジリと距離を詰めてきた。彼らは飛べないので、空に逃げるのがベストだが、眼の前に鷲獅子がいる。舞い上がろうとした瞬間に捕まってしまうだろう。ウリエルだけなら何とかなるが、今は赤ん坊がいる。この子の安全を考えるとムチャはできない。
ウリエルがわずかに迷った隙を突き、グリフォンが觜を突き出す。
紙一重でウリエルは躱したが、今度は蜥蜴人たちが手にした槍で突いてくる。
矢継ぎ早に繰り出される連係攻撃を見事に避け続けるウリエルだが、口元を狙われて遂に籠を放す。
慌てて籠を拾おうとするが、鷲獅子が再び嘴を突き出して妨害する。
その隙に、蜥蜴人の一人が地面に落ちた籠を乱暴に奪い取った。
「ヘ!」
ウリエルは口から火の玉を放つ。
背中に火の玉が命中し蜥蜴人は倒れるが、別の蜥蜴人が赤ん坊の入った籠を奪って逃げていく。
ウリエルは直ぐさま追おうとするが、巨体に似合わぬ素早さで鷲獅子が行く手を阻む。
「へ!」
今度は口から雷撃を放つが、鷲獅子はものともせず鉤爪で攻撃してくる。
「ウゥ~」
さらに背後から残りの蜥蜴人が槍で攻撃に加わった。
「へ! へ!」
攻撃を避けつつ雷撃を放つが、流石に狙いが定まらず命中しない。
と、次の瞬間、鷲獅子の前足がウリエルを捕らえる。文字通り身体を鷲掴みにされた。
「グルルル……」
万事休すと思ったその時、凜とした声が闇を裂いた。
「まったく、こんなとこでナニやってんの?」
木々の間から不機嫌そうな顔をしたリアーナが姿を現した。
「しかも、鷲獅子と蜥蜴人に絡まれているって、どんな状況よ? いい加減にしてほしいわ」
「ヘッ、ヘッヘッヘッ!」
「言いわけは後で聞く。それより……」
リアーナが言い終わる前に二人の蜥蜴人が襲いかかる。
「パワーブレイド!」
突き出した杖から魔力の刃が次々に放たれ、蜥蜴人たちを切り刻む。結局、二人の蜥蜴人はリアーナに槍を突き刺す前にバラバラにされてしまった。
「やってもお金にならない魔物狩りなんて、ホント、体力と魔力のムダづかいよ」
魔力の刃をウリエルを握っている鷲獅子の前足にも放つ。
いち早く反応した鷲獅子だが、避けきれず傷を負いウリエルを放す。
「キュ~イ」
ウリエルは急いでリアーナのところへ飛んでいき、首を突き出した。
「ヘー! キュイッ!」
「あー、変身したいのね? いいわよ、鷲獅子も蜥蜴人もあんたがやっつけなさい。あたし、やることがあるから」
リアーナは雑に首輪を外した。ウリエルの魔力が解き放たれ巨大化する。
彼は一直線に鷲獅子に向かうと、首に噛みつき、力尽くでねじ伏せた。
鷲獅子は藻掻いて鉤爪で引っ掻くものの、ウリエルの毛皮を傷付けることは出来ない。
ウリエルはとどめとばかりに首を咥えたまま、鷲獅子の身体を振り回す。
周りにいた蜥蜴人は、鷲獅子の身体に叩き潰されるか吹き飛ばされるかして動かなくなった。難を逃れた蜥蜴人も完全に戦意を喪失して逃げ出す。
ウリエルは息の根が止まった鷲獅子を放り出すと、赤ん坊を連れ去った蜥蜴人を追いかけた。赤ん坊の匂いは覚えている。決して逃すことはない。
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