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 自分勝手に消えた事務官を追いかけてロビーへ出ると、水の入った紙コップを持った夏輝が給湯室から戻ってくるところだった。悪びれることなく、涼しい顔をしている夏輝を見て、珍しく紳は腹の中に煮えたぎるものを感じた。 「勝手に動かないでください」  芯のある低い声で夏輝に言った。 「取調べを担当するのは僕です。僕の指示に従っていただかないと困ります」 「すいません。でもあの人、嘘ついてないと思ったんで」  まっすぐすぎる目をして、夏輝は淡々と言い返してきた。彼のほうが十センチばかり背が高く、正面に立つと、軽く見下ろされる形になる。 「本当は冬野さんも、そう感じてたんじゃないですか?」  自信を覗かせる発言を残し、夏輝は取調室に入っていった。あまりにも堂々としたその態度に、紳は「わかったようなことを」と忌々(いまいま)しげにつぶやいた。  スラリとした背中を見送ってまもなく、夏輝は再びロビーへと出てきた。  視線が交わる。閑散とするロビーには、睨む紳と、やはり涼しい顔の夏輝の姿だけがあった。 「怒ってます?」  夏輝が先に口を開いた。紳は不機嫌そうに夏輝から目をそらした。  だが夏輝は、()ねた子どもみたいに振る舞う紳を見て、なぜか嬉しそうに笑った。 「冬野さん、事務官から怖がられてるってマジなんですか」 「はい?」  夏輝はいよいよ楽しげに、クスクスと笑い声を立てた。 「ここへ異動してくる前にね、先輩事務官からいろいろ聞かされてきたんですよ。『冬野は感情を見せないヤツだから、なにを考えてるかわからないぞ』とか、『かなりの偏屈で、他人を信用しない男だ。めちゃくちゃやりにくいから覚悟しろ』とか」  感情を表に出さないというのは当たっているが、偏屈と言われるのは心外だった。仕事以外の話を一切しないせいか? まじめに仕事に取り組んでなにが悪い。 「でもおれ、ちゃんと知ってるから」  夏輝はどこか懐かしそうに目を細めた。 「冬野さんが、本当は誰よりも優しい人なんだってこと。心だってちゃんと動くし、人の気持ちも理解できる。そんな人だってわかってたから、おれと出会ったあとで人間が変わっちゃったのかなって心配したりもしたんですけど……よかった、杞憂でした。冬野さんは今でも、あの頃のままだ」  夏輝はまた、紳の知らない昔話を口にした。  あの頃って、いつの話だ。『おれと出会った』って、いったいどこで――。  そう尋ねようとしたが、タイミングを逃した。夏輝が少し照れくさそうに鼻の頭をかく姿に、なんとなく見覚えがあった気がしたのだ。 「あの時もカッコよかったけど、今みたいに怒った顔もカッコいいや」  屈託のない笑みを夏輝は浮かべた。まだどことなくあどけない、青年と少年の中間みたいな顔をしている。
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