擬古文「悠多守一狩り出づるの記」

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擬古文「悠多守一狩り出づるの記」

 兵安(へいあん)の世に(もの)()狩り人なるわたりありけり。(ひな)の森丘や沼地に出づる物の怪を狩り、皮殻(かわから)を持ち帰りては(おの)兵具(ひゃうぐ)と成したり。  一旦(いったん)狩り人ら森丘の火竜を一狩り出でんとするに、悠多守(ゆうたのかみ)なる男共に参らんと申し出づ。悠多守銃槍(じゅうそう)を具し、いみじう肥えたる猫のごとき装ひをなす。狩り人らその(さま)を怪しむるに、悠多守、「蜂蜜を(たま)へ」と申す。狩り人らわりなく瓶なる蜂蜜を与ふれば、悠多守「()く出でん」とて出で立ちぬ。  以上(いじゃう)四人の狩り人ら千里眼の薬を飲みて物の怪を求むるに、火竜台地に出で来たり。狩り人の一人双剣にて脚を斬り、一人大槌にて頭を打ち、一人弓引きて矢を射る。悠多守火竜より離れ一人動かず、(かたは)らの狩り人らに「尾を斬れ、そは(なんぢ)らが(やく)なり」と命ず。狩り人ら戯言(ざれごと)を放ちて火竜を攻むるに、悠多守やがて銃槍を持ちて狩りに(くみ)しけり。  弓を具す狩り人(しび)れ罠を仕掛くれば、火竜はかなくも罠に(さや)りけり。双剣の狩り人動き得ぬ火竜に斬り掛くるに、悠多守銃槍を構へ「永遠方陣」なる(みだ)り言唱へて竜撃(りゅうげき)火筒(ひづつ)放ちたり。狩り人()ぜる火筒に飛ばされ、(しか)(あひだ)に火竜飛びて(のが)れにけり。  狩り人ら傍らに人無きが(ごと)き悠多守に怒り、かの男を火竜の餌食(えじき)となさんと欲す。巣に逃れ帰りて()ぬる火竜を驚かすに、大槌の狩り人大樽(おおたる)発破(はっぱ)を悠多守に与へて「この発破火竜の傍らに置くべし。さすれば汝の役果てん」と言ふ。悠多守承りて発破を火竜の傍らに置けば、弓を具す狩り人発破狙ひて矢を射たり。悠多守「必定(ひつぢゃう)裏切りぬるぬる」と(をめ)きて吹き飛び、火竜の吐きたる火球を受けて一落ちを成してけり。悠多守「汝ら(そば)ふまじ」と(たけ)ぶも、狩り人ら(こた)へず火竜を討ち、悠多守その皮殻を得られず果てにけり。 【現代語訳】  兵安の時代に怪物狩人と呼ばれる人々がいた。彼らは辺境にある森の茂った丘や沼地に出現する怪物を狩猟し、その皮や甲殻を持ち帰っては自らの武器や鎧として加工していた。  ある朝、狩人たちが森の茂った丘に生息する火竜を狩りに行こうとしていた時、悠多守と名乗る男が同行したいと申し出た。悠多守は銃槍を携えており、ひどく太った猫のような衣装を着ていた。狩人たちがその様子を不審に思っていると、悠多守は「はちみつください」と言った。狩人たちが仕方なく瓶に入った蜂蜜を与えると、悠多守は「はやくいこ」と言って狩猟へと出発した。  合計四人の狩人たちが千里眼を得られる薬を飲んで怪物を探すと、火竜は台地に姿を現した。狩人の一人は双剣を使って火竜の脚を斬り、一人は大きな金槌で火竜の頭を叩き、一人は弓を引いて火竜を矢で射た。悠多守は火竜から離れた場所にいてたった一人動かず、周囲の狩人たちに「しっぽきって、やくめでしょ」と命令した。狩人たちがふざけた発言を無視して火竜を攻撃していると、悠多守も間もなく銃槍を持って狩猟に参加した。  弓を使う狩人が怪物を痺れさせる罠を仕掛けると、火竜はあっけなく罠にかかった。双剣を使う狩人が動けない火竜に斬りかかると、悠多守は銃槍を構え「永遠方陣」という訳の分からない言葉を口にして竜撃火筒を撃った。狩人は火筒の爆風に吹き飛ばされ、その間に火竜は飛んで逃げてしまった。  狩人たちは傍若無人な振る舞いをする悠多守に怒りを覚え、悠多守を火竜の餌食にしてしまおうと考えた。巣に逃げ帰って眠っている火竜を起こす際、大きな金槌を使う狩人は大きな樽に入った爆弾を悠多守に渡し、「この爆弾を火竜の近くに置いてください。そうすればあなたの仕事は終わりです」と言った。悠多守が承知して爆弾を火竜の近くに置くと、弓を使う狩人は爆弾を狙って矢を射た。悠多守は「裏切ったに違いない、裏切ったに違いない」とわめいて吹き飛び、火竜が吐き出した火の球の直撃を受けて倒れてしまった。悠多守は「ふざきんな!!」と激怒して叫んだが、狩人たちは構わず火竜にとどめを刺し、悠多守は火竜の皮や甲殻を得られずに終わってしまったのだった。
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