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第1話 舞い込んだ取材
児童養護施設を退所して10年が経ち、市の職員として働いていた私のもとに雑誌社の取材が舞い込んできた。
取材の内容は直接会ってから伝えるという申し出には胡散臭いものを感じたが、休日のたった1時間の取材で10万円を受け取れるとなれば独身の私には断る理由もなかった。
取材場所である喫茶店に入ると、奥の席でスーツ姿の中年男性2人が私を待っていて、私は彼らの向かい側のソファに無言で腰かけた。
「この度は取材を引き受けてくださりありがとうございます。私どもの名刺をお渡ししますね」
受け取った名刺には普段雑誌というものを読まない私でも知っている有名週刊誌の名前が書かれていて、事前に聞いてはいたが実際に見てみるとやはり平常心ではいられなかった。
「ご丁寧にありがとうございます。それで、私は何を話せばよいのでしょうか?」
「お話が早くて助かります。念のため確認させて頂きたいのですが、マスケティアーズというロックバンドはご存知ですよね?」
雑誌記者が口にしたその言葉を聞いて、胸を杭で打たれるような感覚が走った。
「ええ、存じております。知人と言えるかは分かりませんが」
「そのバンドのギターボーカルである高林斉治は、あなたと同じ児童養護施設に入所されていましたよね。その時の高林さんはどんな人だったか、正直な所をお聞かせ願いたいのです」
記者は大まかな事情を把握した上で質問しているということは私にも分かった。
高林は私より2つ年上で、児童養護施設では気に入った少年を舎弟のようにしてかわいがる反面、反抗的と見なした少年には懲罰と称して日常的に暴力を振るっていた。
私は彼のことを嫌っていたし、彼も私には事あるごとに難癖をつけては物理的にも精神的にも暴力を振るって喜んでいた。
「……あなた方はそれを聞いて、何をなさりたいのです?」
「その反応で、彼が当時あなたにしたことは概ね理解できました。私どもは有名人が抱える暗い過去を暴きたい訳ではなく、過去に過ちを犯したのに罪を償っていない人物がタレントとして活躍することの是非を誌面で問いたいと思っています。暴力や暴言の被害者に過去のトラウマを呼び起こしかねない取材とは理解しておりますが、高林氏が実際にどのような過ちを犯したのかを、当事者から直接聞き取りたいのです。ご協力願えませんでしょうか」
冷静な口調で言った雑誌記者の姿を見て、私の中に高林への怒りと復讐心が蘇ってきた。
それから2時間以上、私は2人の記者に高林から受けた仕打ちを事細かに語り、これで彼の名誉に少しでも傷が付けばいいと思った。
高林のバンドが世界的なロックフェスティバルに出場する予定だったと知ったのは取材の翌日で、私への取材を基にした週刊誌の記事が日本中に知れ渡ったことで高林のバンドがロックフェスへの出場を辞退したと知ったのはその1週間後だった。
自宅にテレビがない私は役所の同僚の話でそのことを知り、興味本位でインターネットを検索してみるとSNSや匿名掲示板には高林に対する非難が溢れていた。
高林のバンドはロックフェスへの出場を辞退した後も様々な音楽イベントへの参加を拒否され、発売が予定されていた新作CDも制作上の都合という建前で発売延期となった。
有名人が過去に問題を起こしていたことであらゆる名誉を剥奪される「キャンセルカルチャー」について学者が問題提起を行っている記事もあったが、そのような発言は誰からも被害を受けたことがない幸せな人間だけが口にできる戯言だと思った。
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