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ご飯を食べに行く
今日の仕事は終わりだと聞き加地を誘いご飯を食べることになった。
店の様子から加地が不安げな表情を浮かべるので、心配しないでと背中を軽く叩いた。
「若い子を連れて行くのだから見栄を張りたいんだよ」
それで意味が通じたようで、ご馳走になりますと頭を下げた。
料理はその日のお任せのみで、飲み物だけを注文する。加地はウーロン茶を、鶴来は日本酒を頼んだ。
「すみません、俺、こういうお店に来たことがなくて。ソワソワとしています」
「俺も知り合いの先生にはじめて連れてきてもらった時は落ち着かなかったなぁ。でもね、これからはこういうお店に来る機会が多くなると思うよ」
自分のことを褒める訳ではいが、あの本は一番売れたし、映像化を待ち望む声が多かった作品だ。
加地を知らない者も、あの八尋を見たら驚き震えるだろう。きっと時の人となる。
「そうですかね」
照れ笑いを浮かべ、ウーロン茶を飲み干す。
「あの、八尋のことを聞いてもいいでしょうか」
「いいよ」
「彼がはじめての人をあやめたのはいつなんですか?」
「もともと殺人鬼に興味があってね。シリアルキラーの」
「そうだったんですか」
八尋は恵まれた環境に育ち、しかも文武両道であった。
苦労もせずになんでもこなせてしまう八尋にとって生きていることはつまらないことだった。
この先も心を満たすものなどないのだろう。そんな生活に変化を求めていた。
「彼は日ごろから闇サイトを覗いていた。そしてこの男を殺してほしいというネットの書き込みを見たんだ」
男の写真と共に名前と年、住んでいる場所などが書かれていた。
そのあと、女は脅迫罪で逮捕されて掲示板は削除されたが、少年はデータを残していて男を殺した。
ただ刺激が欲しかった。それだけで手を血に染めたのだ。
悲鳴をあげて逃げまとう姿に笑いが止まらなかった。そして肉を包丁でメッタ刺しにした瞬間、八尋は興奮して初めて自慰をした。
「八尋にとって、殺人の後の自慰は女とセックスよりエクスタシーを感じるものなんだ」
「あぁ、なるほど。だから殺すたびにイってしまうんですね」
色っぽい喘ぎ声をあげてイくシーンはそそるものがあった。
申し訳ないがそれを目の前の青年がしていたとは思えない。それほど普段はどこにでもいるような若者だ。
「君は舞台中心の俳優なんだってね」
「そうなんです。少人数の劇団に所属していたのですが解散してしまいまして、今の事務所にひろってもらいました」
舞台経験はあるが大きな劇場で演じるようになったのはつい最近だという。
「俺は運がよかったんです。劇団が解散してから路上で一人芝居をしていた時に、たまたま社長が俺の演技を見てくれまして」
「その日、社長がいたのは運だったかもしれない。だが君の演技に惹かれたから声をかけたのだろう」
そういうと、加地は頬を赤く染めて表情を緩ませた。
「そうだと嬉しいです」
素直に喜ぶ姿に鶴来の口元が緩む。きっと表情に出てしまう素直な青年なのだろう。
加地は年上に可愛がられるタイプなのかもしれない。現に鶴来は彼のことを可愛いと思っているのだから。
「はぁ、加地君はいい若者だなぁ」
「ありがとうございます」
頭を下げて笑う。こういうところも好感が持てた。
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