第1戦 九条さんVSモンスターペアレント

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第1戦 九条さんVSモンスターペアレント

 東京都足立区の山の手にある区立桜月(さくらづき)中学校。九条(くじょう)あかりは3年C組唯一の学級委員である。 「先生、うちの子はクラスでいじめを受けているのに、学校がそれを肯定するとはどういうことですか!? 明確な説明を要求します!!」 「ええっ、そんなこと言われても……」  1年A組の担任である数学教師の犬井は、学校に怒鳴り込んできた男子生徒の母親からのクレームに苦慮していた。 「先生、どうかしたんですか?」  3年生の廊下に飾られている花瓶の水を交換する際に職員室の前を通ったあかりは、顔見知りである数学教師が困っているのを見て事情を聞きに行った。 「ああ、九条さん。ちょっとこのポスターを見てくれないか」 「どれどれ……」  犬井が差し出したA3サイズの厚紙は1年生が学級活動で制作したらしい啓発ポスターで、そこには色鉛筆で「健康第一、安全で平和な学級を作ろう」というスローガンが書かれていた。 「お母さん、これの何が問題なんですか?」 「あなたはご存じないでしょうけど、うちの息子の名前は安平(やすひら)康一(こういち)というんです。このスローガンは息子の名前を姓名ともに引き裂いて、息子を間接的にいじめるためのものでしょう。犬井先生はどうしてこんなポスターを黙って教室に掲示させたのですか!?」 「そ、そんな徳川勢力みたいなことを言われても……」  クレームに困って優等生の学級委員に視線を送った犬井に、あかりは意を決した表情で口を開いた。 「先生、この学校にモンスターペアレントなんているはずがありません。これは保護者の方からの真っ当なご意見ですから、私たちは真摯(しんし)に反省して再発防止を図るべきです」 「ええっ!?」 「流石は学級委員さん、保護者の意見を真剣に聞き入れてくださるなんて!」  学級委員の言葉に満足した母親はそのまま学校から去り、あかりは翌日から学級内で再発防止策を実行に移した。 「皆、今日も朝から元気かな? 今回は円周角の定理について、分度器を使って確かめてみよう。中心角と円周角の関係も考えてみようね」 「ピピー! 先生、今のは問題発言です!!」  1時限目の数学の授業で入室してきた犬井に、あかりはホイッスルを吹くと警告を発した。 「九条さん、どういうことだ?」 「このクラスには(まどか)(おさむ)君がいて、円君は(すみ)さんと付き合っているんです。円周角の定理という言葉は円君の名前を揶揄(やゆ)していますし、円周角という文字列自体が円君と角さんの恋路を邪魔しているじゃないですか」 「は、はあ……。じゃあ、図形の問題は後にして一次関数の復習をしよう」 「ピピー! (せき)習一(しゅういち)君の名前を引き裂いています!!」 「もう嫌だー!!」  犬井はそう叫ぶと泣きながら教室から逃げ出し、生徒たちは自習時間を勝ち取ったあかりに拍手を送った。  (続く)
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