プロローグ 永遠の地獄

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プロローグ 永遠の地獄

 アンノウン。  白色の巨人。  戦艦を超え、小規模な宇宙基地程度にも及ぶ、巨大な人型。  鈍い白色の巨体を、暗黒の宙域に舞わせ。  奴は、眼前のあらゆる兵器を破壊する。  近付くものは巨腕で叩き潰し、少し離れる敵は大型対艦レーザー砲ほどもある長大な脚で一蹴。  距離が遠くなれば衝撃波で吹き飛ばし、掌から光を放って焼き尽くす。  周囲の兵器をことごとく無力化すると、後は何物にも興味を示さない。  音速以上のスピードで、どこかに飛び去っていく。  記録上、アンノウンに破壊された非戦闘兵器はなく、アンノウンに殺害された民間人は一人もいない。  奴は、本当に兵器しか狙っていない。  アンノウンの正体を知る者は誰一人存在せず、アンノウンの行く先を追跡できた偵察機は一機も存在しない。  観測機械をミサイルに載せて飛ばしても、数十秒も待つ間もなく破壊されてしまう。それが何百基であってもだ。  誰もがアンノウンの正体を知りたがっている。  俺の祖国、リーザス統一帝国も。生来の敵国、ワグネル共和連盟も。  宇宙軍の元帥から、三流ゴシップのジャーナリスト、街角の一般人に至るまで。  どちらの勢力も相手の軍隊を疑ったが、アンノウンはどちらの軍隊にも等しく被害を与え続けていた。  「愛国者」たちはアンノウンの捕獲を提唱し、「平和主義者」たちはアンノウンを反戦のシンボルに祭り上げた。その正体も知らずにだ。  飛ばした偵察ミサイルは数万基、取り付こうとした軍人は数百人を下らない。  その全ては破壊され、叩き落とされ、空間の塵となった。  それだけの被害を出しても、アンノウンの真相に迫ることのできた者は居ない。  アンノウンは、そういう存在だった。  奴が初めて確認されたのは、いつのことだったか。  十数年は経っているだろうが、細かい日時を覚えている人間は、軍の記録部員ぐらいだろう。第一遭遇者が無事であったという保証もない。  少なくとも、あの大戦が始まった後であったのは確かだ。  革新的なエネルギー源、メテオ砕石の製造法の発明に端を発し、隕石の豊富な宙域の所有権を巡って勃発した、あの戦争。  人々の生活様式を一変させたメテオエナジーは、人類にメリットだけをもたらしはしなかった。  今では現代史学の常識とも言える事実だ。  その戦争の渦中に、俺はいる。  巨大戦艦の内部で全ての生命活動を行い、敵が接近すれば、5人の部下を率いて出撃。  死の恐怖を振り切り、敵を殲滅する。  戦艦を降りることは許されない。休暇中でも、国を挙げた祭日でも、それは同じだ。  そして、その状況は俺がこの世から消え去るまで、永遠に続く。  大半の人権は認められている。  俺は結婚もしたし、雑誌も読めれば、星間放送で好きな番組を見てもいい。  戦闘時以外は、何の任務も与えられない。それは部下たちも同様だ。  だが、妻が戦艦を訪れることは許されても、俺が妻のもとへ行くことはできない。  幼い息子の顔は写真でしか見たことがないし、両親の死に目にも会えなかった。  外周しか見ずに物を言う周囲の一般兵は、俺たちの生活を(うらや)んだ。  その程度の待遇を与えられるほどには、俺たちは戦果を上げてきている。  そして、度を越した束縛を受けるだけの事情もある。  納得がいくかは別として、軍は俺たちをそういう存在だと見なしている。  誰も味方はいない。  両親は既に死んだ。妻でさえ、軍が勝手に選んだだけの女だ。  そんな女の生んだ子供を、それも年に一度も会えないだろう人間を、俺は愛せる自信がない。  同じ境遇の部下たちはもはや運命共同体だが、互いの信頼は(もろ)い地盤の上にある。  どんな美女をあてがわれても、どれだけの高給を受け取っても、この閉塞感が晴れることはない。  その状況は、永遠に終わることがないのだ。  上官から命令が下る度、俺は出撃し、敵兵を一人でも多く殺す。  襲い来る敵機を撃ち抜き、切り裂き、爆破する。  運良く生き残れば、また艦に戻って、再び閉塞感の中に身を置く。  そんな日々は、今日も変わらず続く。  そのはずだった。
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