第9節 決断のとき

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第9節 決断のとき

「そちらの意図は分かった」 (協力してくれるのか)  脳内に声が響くと同時に、俺はレーザーピストルを引き抜いた。  間髪を容れず、銃口を黒い箱の入った円柱に向ける。 「答えは、これだ」  適当に狙いを定め、トリガーを引く。  瞬時にしてピストルから光線が放たれ、目の前の円柱を貫いた。 (ナヴィの奴、エナジーを入れていたか。まあいい……)  撃つ真似だけをして誘いを断るつもりだったが、これを好機と、俺は目の前の箱に向けてレーザーを連射する。  箱はびくともしないが、透明な円柱が割れる心地よい音が響き続ける。  外部の音が聞こえてくる辺り、この部屋にはやはり空気が充満しているらしい。 (何をする。君はどういうつもりなのかね) 「上位存在? 粛清? ふざけたことを抜かすな。お前たちの目的が正しかろうと、この俺にだけは協力を頼むべきではなかった。なぜなら」 (なぜなら?) 「お前は、俺の部下を、殺したからだっ!!」  レーザーを乱射し、円柱を粉々に粉砕する。それでも箱は無傷だ。  腹が立った俺は箱を手で掴むと、地面に叩きつけた。  箱は壊れなかったが、その瞬間、アンノウンの全身が揺れた。 「お前たちは傲慢(ごうまん)に過ぎた。自らが上位の存在であるからといって、人類には何をしてもいいと思っていた。それでいて自らに災いが降りかかることだけは恐れる。そんなエゴイストどもに滅ぼされる人類なら、勝手に滅びてしまえ。とにかく俺は、お前たちにだけは協力しない。分かったらとっとと俺を外に出せ!」 (そうか、そういう事か……)  アンノウンは動じない様子だが、内心では何かしらの驚きを感じているようだった。  奴はこれまで超常的な存在として、他の生物は無条件で自分に従属するものだと思っていたのだろう。  下等生物に自らの行為を罵倒されるなどということは初の経験だったに違いない。  黒い箱を持ち上げ、レーザーピストルをベルトに格納する。 「何だか知らんが、この箱は貰っていく」 (それを持っていって、どうするつもりだ) 「質問に答えるつもりはない。返して欲しければ、俺を出口まで案内しろ」 (ほう、私を脅迫するつもりかね)  嘲笑するように言うアンノウンに対し、俺は怒りを剥き出しにしたまま応える。 「その通りだ。これを地面に叩きつけた時、お前の身体は確かに震えた。これがお前の本体なのだろう」 (馬鹿げたことを。確かにこの箱は私の運動をコントロールしているが、私がここで死んだところで、私の仲間が君たちを滅ぼすことに変わりはない) 「だからどうした。お前たちのような気が触れた種族に目を付けられた時点で、人類の命運など決まっている。だったら、お前の言うボーダーラインとやらを見てみようじゃないか。それの何が悪い!」  怒りの感情が頂点に達し、俺は黒い箱を再び地面に叩きつけた。  アンノウンの身体が強く震動するが、もはや意に介さず、箱をひたすら蹴り続ける。 (……なるほど、弱者の恫喝というわけか。面白い) 「そういう態度が気に入らないと言っている!」  黒い箱を粉砕すべく、俺は両手で持ち上げて壁に叩きつけた。  箱はそれでもびくともしないが、俺のその態度は、アンノウンに衝撃を与えたようだった。 (分かった、君の言うことを聞こう。出口まで案内する) 「そうして貰おうか。余計な口を叩かず、とっとと外に出せ」 (ははは……どこまでも面白い人だよ、君は)  黒い箱を小脇に抱えると、俺は来た道を戻り、天井に大穴が空いた空間までたどり着いた。  先ほどまでと同様に〈エレクトラ・セカンド〉が鎮座しているが、この機体はもう動かせない。  出口まで来たはいいが、これではウォークルに還ることができない。 (さて、どうするつもりかね。アティグス君) 「知れたこと。今すぐ俺を母艦まで連れて行け! 箱を返すのはそれからだ」  この箱を返すつもりは微塵(みじん)もないが、そう言ってアンノウンに脅しをかける。 (それは構わないが、先ほどの箱へのダメージで、運動制御機能が麻痺してしまった。回復させるには、箱を安置してしばらく待つしかないのだが) 「この大事な時に、使えん奴だ……」  悪態をつきつつも、俺は困惑していた。箱を返したところでアンノウンが俺をウォークルまで還す保証はないが、いつまでもここに残る訳にもいかない。  そう考えた矢先、天井に空いた大穴から、突如として飛び込んでくる巨体があった。 「あれは……!?」  巨大な〈ヘカトンケイル〉とは異なり、一般的なメテオムーバーのサイズに収まっている、比較的シャープなフォルム。  眼光は鈍く光り、逆三角形型の頭部が鋭利な外観を強調している。  俺が愛機としてきた〈ナベリウス〉型メテオムーバー、〈エレクトラ〉の姿がそこにあった。 『受け取りたまえ、アティグス大尉!』  大穴の向こうを見ると、〈エレクトラ〉を運んできたらしいノージェの〈サンダーフェザー〉がこちらを覗き込んでいた。 「ナヴィの手配か? まあいい、助かった……」  床を蹴って浮遊し、傍らに着地した〈エレクトラ〉のコクピットへと飛んでいく。  ハッチは手動開閉が可能な状態にされていて、整備用のレバーを引くと勢いよく開いた。  段取りの良いことに内部の電源は全て起動しており、このまま操縦できる状態だった。  黒い箱を持ったまま中に飛び込み、ハッチを閉める。  シートに着席してベルトを締めながら、〈エレクトラ・セカンド〉から持ち出してきたOSチップをモニター下部に差し込む。  これで〈エレクトラ〉は以前と同様の戦闘を行うことができる。  チップの持ち出しを忘れていれば、今頃はオートマチック制御しかできない木偶(でく)(ぼう)に乗せられている所だった。 『あれからマグネティックボムを爆発させたのだが、そちらの戦艦が来てくれてね。どうにか交信して、君の危機を伝えた。すると、余っているメテオムーバーがあるという訳だ』 「そうか、やはり奴が……」 『念のため言っておくが、私に感謝する必要はないよ? 自分が望むことをやったまでの話だからね』 「元々そのつもりはない。……準備ができた。とっとと還るぞ」 (私も連れて行くのかね?)  脳内にしつこく声が響く。  ノージェに聞こえないよう気を配って、アンノウンに返事をする。 「当然だろう。お前の仲間が恐くないと言えば嘘になるが、上位存在とやらの神経を考えれば、お前一人が犠牲になっても構わんかも知れん」 (それもそうだな。まあ、君に付いて行けば、これからも面白そうなものが見られそうだ。ぜひとも連れて行ってくれたまえ) 「いつまでも偉そうな奴だ。まあいい、行くぞ」  背部のブースターを発動させると、〈エレクトラ〉はアンノウンの胸部に空いた大穴から宇宙空間へと飛び出していく。  飛び続けてしばらくすると、アンノウンの声は聞こえなくなった。  肉体と離れては意識を保てないのか、単に話すことがなくなったのか知らないが、今はどうでもいいことだった。  〈エレクトラ・セカンド〉は置いてきてしまったが、特にイレギュラーがなければ、アンノウンの残骸と共に回収されるだろう。  この宙域は二大勢力の領域の境目にあるから、どちらの部隊が回収することになるのかは分からない。  アンノウンの残骸を巡って新たな戦いが起こるかも知れないが、その時は戦うだけだ。  隣には互いに運命を左右してきた好敵手がいるが、戦闘を再開するでもなく、俺たちは並んで宇宙空間を飛び続けていた。  この先に母艦が待機している俺はともかく、ノージェはこのまま来ても撃墜されるだけだ。 「俺に付いて来てどうするつもりだ? そちらの母艦に戻らなくていいのか?」 『ああ、分かっているよ。……そろそろだ』  速度を少し落とすと、ノージェは俺に操作を指示した。 『レーダーを遠距離モードにしてみたまえ。二つの戦艦が見えるだろう』 「二つ? それは、どういう……」  ノージェの指示通りにレーダーを切り替え、モニターで前方の様子を確認する。  距離が遠いため詳細な情報は分からないが、確かに戦艦のマーカーが二つ表示されていた。  しかし、その二つは所属が異なっている。それどころか、二つの戦艦は互いに向かい合っているようだった。  この状況が意味することは。 「まさか、ナヴィの奴……」 『そのまさかだろうね。元々、この辺りは私と母艦の合流地点だった。君を助けるべく、あの戦艦はここまで出向いてしまった。あの艦は大規模な作戦に参加したばかりで、艦載機はほとんど残っていないはずだ。その一方で、こちらの母艦は無傷に近い。……ほら、見えてきた』 「!?」  2つの戦艦が、標準レーダーの圏内に入った。詳しい様子が明らかになる。  一方は見覚えのない戦艦。おそらくはノージェの母艦だろう。  船体は無傷に等しく、向かってくるレーザーを局所バリアで防ぎつつ、もう一方の艦に艦砲射撃を繰り返している。  もう一方の艦はウォークルだが、その姿は変わり果てている。  敵艦から度重なる砲撃を受け、艦の各部が中破している。  周囲を見ると、敵艦から出撃したらしいメテオムーバーの群れを、少数の友軍機が必死で追い払っている。  とはいえ、迎撃するには数に差があり過ぎる。  ノージェの小隊が抜けた分減っているとはいえ、敵機は現時点で9機。それに対し、ウォークルの艦載機は4機しか残っていなかった。  エースの居ない戦場では、純粋な兵力差がメテオムーバー戦の勝敗を決める。  戦闘の結果は火を見るより明らかだった。 「ノージェ! 貴様、俺たちを(たばか)ったのか!?」 『すまない、忘れていた。私もあの時は必死だったのだ』 「何だと……」  ノージェは嘘を言っていないようだが、俺もこの状況を放っておく訳にはいかない。 「今ならまだ間に合うかも知れん。貴様には悪いが、俺はお前の母艦を潰す」 『いや、それは無理だ。あの新型機ならばともかく、その機体に単機で戦艦を沈めるほどの火力はない。仮に出来たとしても、その間に君の戦艦は沈むだろう』 「ならば、どうしろと……!」 『私に任せておけ。アティグス大尉』  手短にそう言うと、ノージェはハイパーブースターを発動させ、〈サンダーフェザー〉を急加速させる。  そのまま二つの戦艦の間へと割り込み、オープン回線で何やら話し始めた。 『ワグネル、リーザスの両軍に告げる。こちらはレディン・ノージェ中佐だ。私の部隊はジャック・アティグス大尉の小隊と共同で作戦を遂行し、アンノウンを撃破することに成功した。作戦目標を達成できた以上、この作戦で戦闘を続ける意味はない』  高らかに声を張り上げ、ノージェは両軍にそう通告した。  本来の作戦が終了した以上は無駄な血を流すべきではないと言いたいようだが、敵軍としても一方的に優位な状況で引き下がることはできないだろう。  ノージェは続ける。 『……とはいえ、それでは納得がいくまい。それを踏まえ、この戦闘の後始末は、私とアティグス大尉が全て引き受けようと思う。具体的には』  そこまで言うと、ノージェは〈サンダーフェザー〉を〈エレクトラ〉の方へ向け、マニピュレーターで俺を指差しつつ、その「後始末」の内容を告げた。 『私とアティグス大尉とで決闘を執り行う。この戦場の支配権は、その結果で決めることにしようではないか。私が勝てば、この戦場はワグネルのものだ。敵軍のエースを撃破した上で、手負いの戦艦も容赦なく叩き潰せばいい』  ノージェの宣言に、両軍のメテオムーバーは戦闘行為を半ば中止し始めている。 『ただし、万が一アティグス大尉が勝利したならば、両軍ともにこの宙域から撤退して頂きたい。その場合、敵軍のエースを倒せず、敵艦をも逃がした責任は私の命をもって償うものとする。私たちは歴史に残る戦果を収めたのだ。この程度のわがままは許してくれたまえ』  ワグネル軍のメテオムーバーは一切の攻撃をやめ、敵の動向に気を配りつつも、次なる展開を待ち始めた。  その程度の反応を喚起できるほどには、ノージェはワグネル軍において英雄的な存在だった。  自ら休戦した敵を刺激しないよう、ウォークルを護衛するメテオムーバーも武器を下げ、艦の周囲の警戒に戻った。  俺の意見を聞くこともなく、ノージェは直通回線で母艦の艦長と連絡を取っているらしい。  しばらく経った後に、通信を終えたノージェは再び話し始めた。 『母艦からの了承は得られた。後はアティグス大尉の返答を待つのみだが、どのみち答えは決まっているだろう?』 「……ああ、勿論だ」  そう言うと、俺は〈エレクトラ〉の腰部にマウントされていたメテオレーザーライフルを抜き、〈サンダーフェザー〉へと突き付けた。  ノージェのみに聞こえるよう、短距離回線で語りかける。 「貴様らを信用するつもりはないが、どうせ一度は捨てた命だ。ならば貴様を殺し、俺一人だけでも生き残ってみせる。それが、死んでいった部下たちに報いる方法だ」 『素晴らしい。君を永遠の好敵手として生きてきたのは、この日のためだったのかも知れないね』  自己陶酔した様子でそう返すと、ノージェは全軍に向けて再び宣言する。 『アティグス大尉は決闘を了承された。これより神聖なる戦いを開始する! メテオムーバー部隊には一時帰艦して頂き、両艦は全砲門を閉じて欲しい。観戦の準備が終わり次第、ウェポンユニットを射出してくれたまえ!』  ノージェの要請を受け、全てのメテオムーバーが母艦へと戻り始める。  ウォークルはバリアフィールドこそ展開したままだが対艦レーザー砲のシャッターを全て閉じ、ノージェの母艦も同様にしている。  俺は銃口を一旦下ろし、その様子を眺めていた。  全ての準備が完了すると、敵母艦より宙域用誘導カプセルがカタパルト射出された。  リーザス軍のメテオムーバーには見られない兵装だが、ワグネル軍のメテオムーバーには標準対応している。  武器やエナジーパックを搭載し、前線のメテオムーバーに届けることができる、カプセル型の小型輸送ユニットだ。  リーザス軍の機体よりも性能で劣るワグネル軍のメテオムーバーは、ウェポンユニットによる高い戦線維持能力を活かし、集団戦法でリーザスのメテオムーバーに対抗するのが常道だった。  先ほどのアンノウン戦で武装を使い切った〈サンダーフェザー〉は、自機に向かってカプセルが飛来すると、並行して直進するように空間を飛行し始める。  しばらくするとカプセルは自動的に割れ、中からそれぞれ二つのレーザーライフルとレーザーソード、緊急用エナジーパック、そして小型の時限式爆雷が出現する。  慣性により同じ速度で飛びながら、ノージェはそれらを手に取った。  レーザーライフルを一丁は右手に持ち、一丁は左手で腰部にマウント。  柄のみのレーザーソードは二本とも脚部に格納。  爆雷は胸部の側面に格納し、丸腰の状態から完全装備へと一瞬で変化した。  エナジーパックも背部に取り付けたようで、燃料切れの心配もない。 『これで条件は同等だ。それではアティグス大尉、正々堂々と戦おうではないか』 「面白い。だが、今回は左腕だけで済むと思うなよ」 『その言葉、長年の友情の証と受け取っておくよ。勝負だ、アティグス!』 「望む所だ!」  ここに、俺とノージェとの最初で最後となる一騎討ちが始まった。  お互い、自らの小隊を全滅させた身だ。もはや生に執着する権利はない。  それでも、俺は目の前の相手を殺して生き残ることだけを考えていた。  その時ノージェが何を考えていたのかは、俺には分からなかった。
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