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第4節 作戦名ティタノマキア
一週間は特に意識もしないまま過ぎた。
当初はアンノウンを恐れる気持ちもあったが、〈ヘカトンケイル〉の性能と、それを活かした作戦について知るうちに、俺はいつしか奴と戦うことを切望するような気分にもなっていた。
元々、戦闘に恐怖を抱くのは俺の性質ではない。
いかに新型機の性能が高かろうと、アンノウンの正確な実力が分からない以上、この作戦が成功する可能性は予測不可能だ。
それでも、俺はいつの間にか相手に恐怖を感じなくなっていた。
人が見れば異常だと言うだろうが、それが俺の生き方であり、そうでなければ俺は俺でいられなかったのかも知れない。
この一週間で、〈ヘカトンケイル〉の操縦法は変形時のそれも含めてほぼ完璧にマスターした。
専用のシミュレータを使ってアンノウンとの模擬戦を繰り返し、あくまでデータ上でのことだが、3回に1回程度は奴の身体に例の兵器をぶち込むことに成功した。
それ以外は全て、パイロットの俺ごと潰された。
撤退できる状況もあったが、美学などというものではなく、俺は敵に背中を向けて逃げるつもりはなかった。
現在分かっているだけの情報から作られた仮想上のアンノウンにさえ、俺の勝率はこの程度だった。
実際はもっと低くなるだろうが、もはや構ったことではなかった。
そういった事情は部下たちも同様で、一週間も戦場に出なかったのは久々の経験だったこともあってか、彼らもアンノウンとの実戦を心待ちにしていた。
かくして作戦の日は訪れた。
ウォークルとその護衛艦隊の艦載機が敵を引き付けて大規模な戦闘を起こし、出現するであろうアンノウンを俺とその部隊が単独で叩く。
艦隊内での通称は「ティタノマキア」。
整備兵曰く、巨人ヘカトンケイルが、世界を支配していた巨神族を打ち倒した神話の伝承に基づいた作戦名だという。
俺に験を担ぐ趣味はないが、なかなかに上手いセンスだとは思った。
例の考え事については、それなりの結論を出した。
部下の反応は目に見えているが、俺に文学的才能がある訳でもないので致し方ない。
どのみち何人が還ってこられるか分からないのだ。それに比べれば、大した問題ではないだろう。
そう思いながら通路を歩き、突き当りの一室のスライドドアを開く。
部屋はそれほど広くないが、出口だけはやたらと多い。
それらは全て格納庫だとか、対衝撃シェルターだとか、艦内の各設備に繋がっているが、艦橋にだけは直接向かえないようになっている。
本来はブリーフィング後に直行できるように通路が設けられているが、今この部屋を使用している部隊に対応して、通路ごと封鎖されているのだった。
本来、この部屋には何もあってはならない。
しかし、壁際にはおあつらえ向きのボックスケースが固定されているし、周囲には刺激的なグラビアやらリーザス統一歴のカレンダーやらが無造作に貼り付けられていて、机の上には簡単なカードゲームのできる設備まである。
出撃までの短い時間を、兵士たちが思い思いに過ごす場所。スタンバイルームだ。
固定された机には一個中隊の構成人数である12人が座れるようになっているが、俺の部隊はそれを6人で使っているので、なかなかに余裕がある。
そこには5人の見知った顔があり、俺の姿を見るなり、それぞれ反応を見せる。
一人は俺の方を一瞥するが、後は見向きもせず、ピストル磨きに興じている。
チーム2一番機担当、サイラス・カザコ中尉。
〈アルキュオネ〉のパイロットで、部隊の副隊長でもある。
戦功はともかく、年は俺とそう変わらない。
レーザー銃が全盛のこの時代に実弾銃を使っている人間はカザコぐらいのものだが、宇宙空間で実弾が撃てない訳ではないので、携行自体は禁止されていない。
もっとも、艦内で実弾入りの銃を持ち歩かれると周囲が迷惑するので、持っているのはレプリカらしい。それに、どのみち実弾が支給される身分ではない。
艦内に実弾射撃用の訓練場はなく、艦外に出られない身分では模擬弾を撃つ機会さえも無きに等しいので、それとなく愚痴を漏らしているのは聞いたことがある。
愛想は悪く、俺も戦場以外ではろくに雑談をしたこともなかったが、そもそも積極的に他人と関わろうとする人間ではなかった。
射撃への愛は確からしく、今のような立場になる前は、軍の射撃競技で名を馳せていたという。
〈アルキュオネ〉は俺の〈エレクトラ〉と同様、旧式の量産機である〈ナベリウス〉の強化型が基となっているが、性能を全体的に強化した〈エレクトラ〉とは異なり射撃に特化したチューンアップが施された機体で、特に二丁のメテオレールガンによる連射を得意としていた。
メテオガンにはレーザータイプと実弾タイプの両方が存在するが、ここでもカザコは実弾仕様を選択していた。
実弾はレーザーと比べてその速度は遅いが、彼我の距離が伸びると拡散してしまうレーザーと異なり、命中しさえすればバリアを展開した装甲に対しても何らかのダメージを与えられる。
近距離戦を得意とする兵士はレーザーライフルを、それ以外の兵士はレールガンを使うのが常道だった。
カザコはタッグを組む二番機が引き付けた敵を中距離から撃ち抜く戦法を得意としていて、俺も奴の精確な射撃には何度も助けられたことがある。
格納庫に通じる出口の横には、ゼネック・ティグリス専用の椅子がある。
ゼネックはチーム2の二番機担当。階級は少尉。
〈ケライノ〉のパイロットで、カザコとタッグを組んで戦ってきた。
こいつはこの椅子でリーザス本星から取り寄せたカーマガジンを読むのが趣味で、今も俺が入ってきたことにも気付かず雑誌に没頭している。
〈ケライノ〉はカザコの〈アルキュオネ〉とは対照的に、近距離戦に特化したチューンアップが行われた機体だった。
レーザーライフルを持ってはいるものの、大抵は腰部にマウントしたままで使うことはなく、二本のレーザーソードで敵陣に真っ先に斬り込んでいくのがゼネックの役割であり、奴の好みとする戦法だった。
スピードを優先して装甲も極限まで軽量化していたため、一度は少しの被弾で大怪我を負ったこともある。
それでもゼネックが防備に気を遣うことはなかった。曰く、走り屋は命を惜しまない。
奴の美学など知ったことではなかったが、その一度を除けば、奴は本当に被弾することがなかったので、隊長という立場からはそれで何も言うことはなかった。
言ってみれば、俺にとって部下とは、自分より先に死ななければよい存在だった。
机の上では、二人の黒人がカードゲームに興じている。
〈アステロペ〉のティマット・ジャスト少尉と、〈メロペ〉のイルミス・カティーニ少尉。
それぞれチーム3の一番機と二番機の担当だった。
二人は同郷で同期の軍人で、いつも二人でつるんでいる。戦場でもそのコンビネーションを活かした戦法を得意としていた。
〈アステロペ〉〈メロペ〉はやはり〈ナベリウス〉を改造した機体だが、軍全体を見渡しても珍しい槍を使用するメテオムーバーで、三つ又のレーザーの刃を展開する特殊兵装「レーザージャベリン」による連携攻撃は、相手によっては通常のサッチ・ウィーブ戦法以上の威力を発揮した。
丁度ゲームが終わったようで、勝った、負けたと感情を露にしている二人を横目に見ていると、薄い金髪の兵士が椅子から立ち上がり、頭を下げてきた。
「おはようございます、隊長」
「ああ、ありがとう。〈ヘカトンケイル〉の調子はどうだ?」
「動かせる程度には……」
言葉とは裏腹に自信のある様子でそう言ったのは、チーム1二番機担当のセルディ・カシロム中尉。
乗機は〈タイゲテ〉。戦場では俺とタッグを組んでいる。
「それでいい。今回の作戦では、誰かが奴に一発でもぶちこめれば上々だ」
「無論です。その程度のことは、やって見せますよ」
自分から話しかけてきたことからも分かるように、セルディは曲者揃いの部隊の中では比較的俺に好意的だった。
軍の佐官クラスの人物を親に持っており、そのコネで士官学校に入学した人間で、俺の部隊にも自分の希望で配属されてきたという。
その当時は前の隊長が生きていて、普通なら2人体制の一分隊を3人体制にして、隊長と俺の2人でパイロットとしての初歩から面倒を見てやった。
当初は実力もないくせに自信だけは一人前で苦労したが、すぐにその自信に見合うだけの実力も身に着けた。
七光りと揶揄されがちだが、元々センスはあったのだろう。
配属されて2年も経たないうちにあの事件が起こって、以降はセルディも俺と同じような身分になった。
この部隊では俺以外で唯一士官学校を出ていて、エース部隊の一員として充分な軍功も挙げていながら、未だに一階級しか昇進していないのがその何よりの証拠だった。
〈タイゲテ〉は〈エレクトラ〉と同様、〈ナベリウス〉の性能を全体的に強化した機体だ。
基本的には二体連携のサッチ・ウィーブ戦法を活かし、チーム2とチーム3の働きに応じて敵を攻撃していくのが俺とセルディの戦い方だった。
この5人の部下たちと、俺は幾多の戦場をくぐり抜けてきた。
それぞれが独特の個性を持つ、最強の戦闘部隊。
どいつもこいつも性格に多少の癖はあれど、悪い奴らではなかった。
お互い、戦場では共に助け合って来たし、酒を酌み交わしたこともある。
故郷では救国のエース部隊と祭り上げられ、敵には地獄の使者として畏怖される。
あの事件を経験し、今のような身分になった以上、俺たちは共に運命共同体だ。
それでも俺たちは、お互いを真に仲間だとは思えない。
なぜなら。
この中に一人、裏切り者がいるからだ。
「よう、隊長。来てたんなら言って下さいよ」
カーマガジンを読み終えたのか、ゼネックが腰を上げつつ声をかけてくる。
「ああ、悪かった。皆、そろそろ出撃の時間だ。遊びはそろそろ切り上げてくれ」
「丁度終わった所です、隊長殿」
「今日はアタシが負けたのよ。ああ、残念」
生真面目なジャストは立ち上がりながら敬礼し、女のような言葉を使うカティーニは悔しげに椅子を飛び上がる。
「何でもいいですが……アティグス隊長。〈ヘカトンケイル〉各機の通称はお決めになりましたか? まさか作戦当日に決まっていないということはありませんよね?」
周囲が全員起立したためか、渋々といった様子でカザコも席を立つ。
その質問は俺も予期していたことであり、頷きつつ口を開く。
「もちろん決めてある。総員、今から各機のコードネームを伝える。整列!」
「はいっ!」
返事をしたのはセルディだけだが、並ぶのは誰も素早かった。
「まず、チーム1一番機」
全員が一瞬、固唾を飲む。
しばらく時間を置いて、俺は運命の一言を放つ。
「〈エレクトラ・セカンド〉!」
ゼネックが噴き出す。
この調子で、俺は各機のコードネームを伝えていった。
形式は残りの5機とも変わることはなく、それぞれ〈タイゲテ・セカンド〉〈アルキュオネ・セカンド〉〈ケライノ・セカンド〉〈アステロペ・セカンド〉〈メロペ・セカンド〉と決まった。
特に意図があった訳ではないが、この作戦でしか使用しない機体である以上、ネーミングに凝っても仕方がないという理由はあった。
ゼネックから不満を漏らされつつも、コードネーム伝達は終了した。
格納庫へ向かおうとしたところで、俺は艦内アナウンスに呼び出され、仕方なく司令室に向かった。
ノックするまでもなく扉は開いた。
扉の前の様子は室内から監視できるようになっており、管理者が室内にいる場合、扉は制御式になる。
開閉装置は室内にあり、セキュリティはやはり万全になっていた。
ナヴィは奥の机にいて、書類を見るでもなく、机上を見つめている。
時間を最大限有効に使うことが信条であるはずのナヴィがこういう行動を取っているのは珍しく、俺は歩み寄りつつ、適当に機嫌を伺う。
「艦長、これから出撃ですが、何か御用でしょうか」
「ああ、大丈夫だ。すぐに終わる」
そう言いつつもナヴィはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。
「時に、アティグス。今から貴様は死地に向かう」
「はあ……」
「それが死にゆく者の態度か!?」
「艦長、急に何を……?」
ナヴィがこのように感情を露にする所を見るのは初めてだったので、俺は率直に驚いていた。
「……すまない。当事者である貴様を責めた所で、どうなる訳でもない」
ナヴィは我に返り、冷静さを取り戻した。
「いや、今の言葉は忘れてくれ。それよりも、だ」
中肉中背の身体を動かし、椅子から立ち上がると、ナヴィは窓の外を見つめた。
ポケットから愛用らしいニコチンガムを取り出すと、口に放り込む。
そのまま相手の方も見ず、ナヴィは咀嚼しながら言った。
「貴様らとも、長い間やってきた。私は自分がこのような身分で終わる人間だとは思っていない。こんな年になるまで、この程度の扱いを受けてきたが……」
ナヴィは元々リーザス本星でも名家の出身だ。
名門校の卒業後は士官学校に入り、優秀な成績を収めていたらしい。
しかし士官候補生時代、吸っていた煙草の始末を忘れて大火事を起こし、以降は出自と才能に見合わない階級を与えられてきたという。
それでも生来の軍事的才能によって活躍し、大型戦艦の艦長クラスである上級大佐にまで出世したが、もはや出世コースに乗れる年は過ぎていた。
そこで与えられた任務が、俺の部隊が所属する艦の総司令官として最前線で戦い続けることだった。
「貴様らさえこの任務を成功させれば、今の生活ともおさらばだ。私にこんな事を言わせたことを忘れるなよ」
ナヴィが俺に皮肉をぶつけなかった日はないが、この日だけは何かが違った。
いくら気が合わなくとも、ここまで長い時間を共に過ごせば、友好的でないなりの連帯感らしきものは生まれてくる。
ガムをゴミ箱に吐き捨てると、ナヴィはそのまま振り返らずに言った。
「必ず、生きて還ってこい」
背中に向けて敬礼すると、俺は静かに言葉を返す。
「……承知致しました、艦長殿」
ナヴィは何も言わなかったが、メテオ強化アクリルの窓はその姿を映し出していた。
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