第6節 共闘

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第6節 共闘

 当初は通常のカタパルト速度だったが、一度ブースターが点火されると、猛烈な加速が全身を襲った。  シミュレータで訓練しているとはいえ、実戦はこれが初めてだ。  発進直後は方向転換もおぼつかなかったが、しばらくすると上下左右の区別はつくようになった。 (こいつは、凄い……)  高速性を主眼とした宙闘機には及ばないとはいえ、宇宙空間におけるメテオムーバーの巡航速度は大気圏内における一部航空機のそれに匹敵する。  しかし、この〈ヘカトンケイル〉は一般のメテオムーバーを凌駕する高速機動を叩き出せる。  俺と部下たちが実戦慣れしているというのもあるが、特殊仕様の耐衝撃スーツを着ていなければ、今頃は俺も失神していたかも知れない。  レーダーで周囲を確認しつつ、微弱電波を飛ばして小隊の各機と通信し、機体間の距離を調節しながら併進する。  ゼネックとカザコの分隊が前進し、ジャストとカティーニは襲撃を警戒しつつ中央に陣取り、俺とセルディが後方から続く。  前の隊長が死んでから続けてきたフォーメーションは、今この時も変わっていない。  出撃してからしばらく経つと、艦との交信サインがプツリと切れた。  宇宙要塞クラスであればともかく、一つの戦艦から発せられる電波の範囲には限りがある。  アンノウンの出現領域はウォークルからかなり離れた場所であり、交信が不可能な距離での戦闘は現場の判断に任せるしかない。 『そろそろ出てくる頃ですかねえ?』  機体間無線でゼネックが呼びかけてくる。口調からすると幾分退屈しているらしい。 「俺たちは戦場と奴の出現場所を結ぶ線上を進んでいる。奴が来るというのならば、遭遇はもうすぐだ。気を引き締めてかかれ」 『……どうやら、その予想は的中のようです』  カザコが呟く。  その様子にただならぬものを感じ、俺は無言で指示シグナルを発信した。  小隊の全員が〈ヘカトンケイル〉の変形を解き、メテオムーバー形態へと戻って静止する。  まだ目前に迫っている訳ではない。それでも広大な宇宙空間において、機体のレーダーで確認できる距離というのは十分に接近を許していると言える範囲だ。  通常であれば母艦の遠距離レーダーからの情報を得られるが、一個小隊のみによる単独作戦行動のデメリットが早くも表れていた。 『計算結果、出ました。会敵(かいてき)まで約130S。ご命令を』  ジャストがアンノウンの接近速度を計算し、戦闘距離に入るまでの時間を報告する。  この計算は誰がやってもよいが、今のように全員が集合している場合はジャストが行うというのが不文律になっていた。 「奴は波状光を使う。出会い頭に撃たれては敵わんから、フォーメーション・デルタで散開しつつ接近しろ。接近後は隙を見つけ次第、狙える奴から例の兵器を叩き込め」 『ラジャー!』 『……ちょっと待ってください。また、何か来ます!』  セルディが宇宙軍仕込みの返答をする間もなく、カザコが招かれざる者の襲来を知らせる。  レーダーで確認すると、今度は後方からだった。  その編成と速度から瞬時に構成を判断し、部下に指示を下す。 「敵のメテオムーバー部隊と推測される。総員、回避行動を取れ!」 『何、心配することはない! アティグス小隊の諸君!』  芝居がかった声が響くと、機体間無線に、突如として敵の電波が割り込んできた。  積載限界上、メテオムーバーの無線機能は高等なものにできないので、その機構はそれなりに単純なものだ。  母艦との通信をもブロックする訳にはいかないのでセキュリティも甘いが、偵察用でもない機体で敵の通信に介入しようとすれば、自機の通信内容も敵に筒抜けになってしまう。  実際にはこういう気の触れたような真似をする将兵は皆無に等しいので、そのことは特に問題視されてはいなかった。  そういったパイロットがいるとすれば、この宇宙に一人だけだ。  暗黒の宇宙に銀翼をはためかせ、鋭利なフォルムで颯爽と空間を舞う〈ライトニング〉型メテオムーバー〈サンダーフェザー〉。  その機体を駆る資格を持つパイロットは、奴しかいない。 「貴様……レディン・ノージェか!」 『いかにも。久しぶりだな、ジャック・アティグス! かつて私の腕を奪った、永遠の好敵手よ。よもや私のことを忘れてはいまいな』  レディン・ノージェ中佐。  ワグネル共和連盟宇宙軍のエースパイロットで、あの事件で俺たちを今の地獄に陥れた人間であり、その代償に俺は奴の左腕を奪ってやった。  それ以前もそれ以降も、戦場では何度も刃を交えてきた。  直近の戦闘では奴の小隊機のうち2機を撃墜したが、今回はまた通常の6機編成に戻しているようだ。  いずれも〈サンダーフェザー〉と同系列機であり、ワグネル宇宙軍の主力機である〈ライトニング〉型。  見慣れぬ大型のキャノン砲らしきものを携えている以外は、通常の装備をしている。  同数とはいえ、〈ヘカトンケイル〉は対メテオムーバー戦闘用に設計されていない。  まともに戦えば敗北は必至だが、今の状況ではどのみち戦闘ができるはずもない。  落ち着いて現状を相手に確認させる。 「何をしに来た。今は貴様の相手をしている余裕はないし、あの化け物の前で戦う訳にもいくまい」 『無論だ。先ほども申した通り、我々は君たちと戦いに来たのではない』 「何だと?」  〈エレクトラ・セカンド〉の右腕を操作し、銃を構えたカザコ機の腕を下げさせる。 『君たちが新型機を用いて例の未確認機の撃破に向かうという情報を、独自のルートから手に入れたのだ。奴が我々にとって共通の敵である以上、我々は君たちに協力を申し出る。手短で申し訳ないが、そういう事で頼むよ』 「なるほど……」  独自のルート。セルディのスパイ行為はあの事件の後もずっと続いていたらしい。 『そろそろ話している時間もないようだ。後ろから撃つなどという無粋な真似をするつもりはないから、好きに奴と戦ってくれたまえ』 「了解だ。総員、これより本隊はノージェ小隊と合同で作戦を遂行する! 最低限の警戒を命じるが、こちらから手出しすることは許可しない。以上だ!」 『ラジャー!』  聞こえてくる掛け声と共に、アティグス小隊とノージェ小隊、合計12機のメテオムーバーがアンノウンへと向かっていく。 「奴は通常の敵機ではないから、連携行動を取ろうとは思うな。速力を活かして死角に回り込み、隙を見つけて攻撃を叩き込め!」 『アティグス大尉の言う通りだ。こちらも相応の武装を用意しているが、有効性は定かではない。ソードオフ・レーザーが通用しなかった場合は、アティグス小隊の援護に回ってくれ』  ノージェがそう言い終わると同時に、アンノウンがこちらへ向けて掌から波状光を放つ。  まだ距離は遠いため、変形せずとも姿勢制御機動で易々と回避することができた。  彼我の距離が縮まれば縮まるほど、この余裕もなくなる。  その前に、位置関係を変える。 「チーム2、チーム3、散開! 四方からアンノウンを攻撃しろ!」  電波でもアイコンを飛ばしつつ、散開の指示を下す。  普段は戦艦への攻撃ぐらいにしか使わないコマンドだが、敵の狙いを分散させるには最適の戦法だった。 『ラジャー! 行ってくるぜ、隊長さんよ!』 『過酷な任務ですが、これを最後にはしませんよ』  ゼネック、カザコから返答が届く。  ゼネックは機体を宙闘機形態へと変形させるなりブースターを全開にして飛び出していき、カザコはモニター越しの敬礼を送ってくる。 『奴を撃破すれば、我々の名誉も回復されます。隊長、行って参ります!』 『これまでで一番、楽しそうな任務じゃない? 〈メロペ・セカンド〉変形!』  ジャスト、カティーニも続けて機体を変形させ、アンノウンを四方から攪乱(かくらん)するように飛んでいく。  奴らの何人が還ってこられるかは、今の俺には分からない。  急造品らしきレーザーキャノンを携え、ノージェ小隊は既にアンノウンのもとへ向かっていた。  次々と周囲に飛来する小人の群れに、アンノウンは対応を決めかねているようで、真正面にいる俺とセルディのメテオムーバーには注目していなかった。 『隊長、僕も行きます』  味方機に取り残されて焦っているのか、それとも他の理由からか、セルディは今にも〈タイゲテ・セカンド〉を変形させ、飛び出そうとしていた。  そんな様子のセルディを、俺は手短に制止する。 「ああ。だが、少し待て」 『何ですか? 急がないと……』 「お前が死にたいというのならば、それで構わん。だが、お前の怠慢に俺が殺されるというのならば、俺は今ここでお前を殺す。それだけだ」  セルディはしばらく黙っていたが、一言、 『……はい』  とだけ言うと、味方機を追ってアンノウンのもとへと向かっていった。 「俺も急ぐか……」  思い出したようにそう呟きながら、レバーを押し込んで機体を変形させ、ブースターに点火する。 「行くぞ、〈エレクトラ・セカンド〉!」  再び猛烈な加速が全身を襲うが、もはやその程度の苦痛には構っていられなかった。  少年の日の憧れと。  軍人としての活躍と。  そして、あの日の裏切りと。  今日の日までの地獄と。  それら全てに、決着を付ける。  アンノウンへの一撃のもとに。
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