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初めて会った日の事を、憶えていますか?
大学生の休みなんて、ただ時間を無為に浪費するためだけにある。
三年生の春休み、僕はまた一つ面倒な恋を終わらせ、急に真っ白になった予定をどう埋めようかと考えあぐねていた。
妥協と惰性で付き合っていた恋人との別れ話に、喫茶店で要した時間は二十三分。半年間続いた関係に終止符を打つのには十分な時間だろう。
——他に好きな男ができたって?勝手にしろ。
どういういきさつで付き合いだしたかもよく覚えていない。友人の紹介だった気がするけど、もうどうでもよかった。
僅かな苛立ちを吹っ切るように、月夜に照らされた桜並木の下を足早に歩いてゆく。外はTシャツ一枚で出歩くには少し肌寒く、桜はまだ三分咲き程で見物客の姿もない。
——今年の開花は遅れるとかニュースで言ってたっけ。
お気に入りのアイリッシュ・ロックバンドの曲を口ずさもうとしたら、ポケットの中からそれとは全然違う着メロがけたたましく鳴った。
——今はJ-POPの気分じゃないんだけど。
液晶に表示された名前を見て、出るかどうか僕は少し迷う。
「もしもし、ナッコ?何か用か。今外なんだけど。」
「お兄ちゃん。今って煙草買いに行ってるんでしょ」
このタイミングでナッコこと妹の成美からかかってくる電話の要件は一つしかない。
「コンビニは行かないし、アイスも買わないから。じゃあな。」
「ちょ、こら。切るなーっ」
ぷちっと終話ボタンを押した。
今日の僕は少しだけ機嫌が悪い。アイスぐらい自分で買え。てか、兄をパシリにつかうなよ。
・・ったく。
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