お料理上手

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再び決心した。今日からあたしは料理する。それもおふくろの味系の。 イケメン。性格良し。家柄良し。スポーツマン。出世頭。てわけで殺到する恋人立候補者たち。 この戦いに勝利するために、あたしは何でもした。待ち伏せ、かわい子ぶりっ子、衣装化粧の研究、甘え方。 それでも横並びから抜け出せず、胃袋を掴む方向へシフト。……でも考えることはみな同じ。ならば一段と美味しい料理を。やっぱり和食? いわゆる肉じゃが的な? しかし。学生時代は勉強や部活や旅行を優先してきた。結果、ほとんど料理らしい料理をしないままここまで来てしまった。 「肉じゃが? 里芋煮っ転がし? 切り干し大根にひじきの炒り煮? 任せなさい!」 お母さんが胸を叩いた。飽きてしまったローテ料理はほぼ食べなくなっていたあたしだが、そういうものがいつも魚の横に添えられていたのは覚えている。美味しいともまずいとも思わず、ワクワクもゲロゲロもなかった。が、他に頼れる人もいない。お母さんがそういうものばかり作って来たキャリアに賭けた。 じゃがいもの皮むきから苦労した。ピーラーだと指切りそうだし芽が残る。でもお母さんは包丁でスイスイだ。……尊敬。 何とか剥き終えて面取りとかいうのをして……さあ煮るぞ、って思ったら「水に5分ほどさらして」と言う。表面にでんぷん質が残っていると味が馴染みにくいとか。 その間に5ミリに切った玉ねぎと椎茸を炒める。それから牛肉。水気を切ったじゃがを加え、水をひたひたにして強火。煮立ったら灰汁を取る。根気よく取る。まだまだ出るけどしつこく取る。しらたきと調味料を加え、落し蓋をして最後に醤油を一垂らし追加。 何て甘く柔らかい匂い。控えめなぐつぐつ音が食べて食べてと誘う。はいはいと口に入れれば温かく内臓に染み入る。 あちこちレシピを見たけど、椎茸やしらたきはお母さんのオリジナルみたいだ。給料日前に冷蔵庫にあったもので間に合わせたらお父さんにウケたからって。以来、それが我が家のレシピだそうで。 何の疑いもなく、肉じゃがとはこういうものだと思っていた。しかも飽きてしまってずいぶん長いこと食べていない。 まあ自分が食べたいわけじゃない。ただ彼の気をググッと引き寄せたいがために、和食の得意なお母さんに教わっただけ。 でも……何でこれまで気がつかなかったのかな。美味しいじゃん、お母さんの料理。深いじゃん、お母さんの味。コンビニもいいけどやっぱりこういうの、悪くない。 そして彼もそう思ってくれたらしい。料理決戦はあたしの圧勝だった。
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