お料理上手

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やがて娘も大学に入った。その後海外留学したまま帰ってこない。通訳になりたいということだ。 ダンナは早期退職し、トレーナーになるという夢を叶えた。あたしと同じように仕事に家事に育児に忙しかったはずが、その合間合間に準備する熱意があった。今はアスリートについて世界を回っている。 あたしはリストラの憂き目に遭い、家に一人、暇。ダンナのように忙しさの合間に努力するほどの夢もなく。ただただ慌ただしさに流され、急に今、暇になった。 寝返りしても暇。無駄に動いても暇。 とりあえず、料理でもしようか、とキッチンに立った。時間はたっぷりあるのに、……あまりそんな気が起きない。 父に食べさせたくて母の真似事ながらとんかつを作った日。ダンナを射止めるために必死で肉じゃがに挑戦したあの頃。娘がようやく野菜入りの料理を食べた記念日。みんなでメニューを考えた日々。お弁当作りに奮闘した時期。 どれもこれも頑張った。それなりに美味しくて、それなりに満足した。……でも、よく考えると、自分がそれを食べたいと思って作ったわけじゃない。なのに楽しかった。 お料理って、誰かのために作る、ってことかな。得意じゃないと思ってきたけど、あたし実はお料理上手だった……? 誰かのために作る、というツボコツを押さえてはいたわけだから。 あたし一人なら、ずっとコンビニだったかも……今日もそれで済ませちゃおうか。 いや。 やっと自分の好きなものを好きなように作れるんじゃないか。 よおし。 じっくり時間をかけて出来上がったのは、カレイの煮つけに、煮こごりで寄せた野菜のジュレ。がんもどきに、きんぴらごぼう。 あらあら。これ、あの頃の父が見たら涎垂らしそう。そういえば今のあたし、そんな父の年をとっくに越えている。ガッツリとんかつとかステーキなんかより、こういう和食の極みみたいなものが今は好きになっている――そして日本酒があれば最高よね。 うん。今日からあたしは自分のために料理する。 (完)
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