ゲームが始まる

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―――目線のフェイクが上手い。  少女の二重瞼は右に抜くと見せかけ、だが、身体は草太の左脇を通り抜けようとする。  さらに草太を興奮させたのは、彼女のフロントチェンジの刻み方だ。  ボールを右から左、左から右と、ディフェンスを抜く際におけるオフェンスの基本テクニック。  スピードよりも緩急の付け方がものをいうドリブル技術を、彼女はしっかりと心得ている。  草太を抜いた少女は、ワンハンドでボールを放った。  反応できなかったわけではないが、草太はブロックせずに宙に浮いたままになる。  青空に放物線を描いたボールは、スパッという音をたててゴールネットに真っ直ぐ落ちた。 「ナイッシュ! 今のリズム、すごくいいよ」  草太はバスケットボールを拾う。  ありがとうございます、という代わりに、少女はちょこんと頭を下げた。  ―――この少女はもっと上手くなるだろう。  野外コートを照らす太陽は、彼女の瞳も輝かせた。  1on1なので、ゴールが決まれば攻守が入れ代わる。  ディフェンスになり腰を深く落とす彼女の動きを見て、  草太はこの指定残島区域『アイランドB』へ来て良かったと思った。  ブンブンブン―――  空を切り裂くヘリコプターのブレードスラップ音が大きくなっていく。  日本全域大震災  二年前に起きた震災により、日本列島の三分の一は沈没した。  日本は穴だらけの島国となる。  大きく残った列島の中心を本土と呼び、その他の、海に浮かんでいる島々は指定残島区域と名づけられた。  残島で暮らす人々の生活は悲惨なものだった。  食料、物資の枯渇。電気などのライフラインが途絶えたことによる生活難。  警察や病院が機能しないことによる治安の悪化も問題視されていた。  震災前、草太はプロバスケットボールの選手だった。  だが、職を失った草太は現在、指導員や被災地(残島区域)への復興支援の仕事をして生計を立てている。  今回、本土からこの指定残島区域に来たのは、日本バスケット連盟主催、復興支援プロジェクトの一環だった。 『希望のボール』と名づけられたプロジェクト。  バスケットを通じて、子供たちに夢や希望を贈る。というものだ。  もちろん反対意見もあった。  ――復興支援なら水や食糧を寄付しろよ。  ――スポーツが腹の足しになるわけがない。  草太を含めたチームのメンバーは激しく葛藤した。
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