ゲームが始まる

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 草太はボールを拾うと、自衛隊の動きに目が止まった。  草太だけでなく、参加者全員が身を縮こませた。  ヘルメットをかぶり、迷彩柄の制服を着た自衛隊員がフェンスを飛び越えコートに侵入してきた。  十人ほどの自衛隊員が横一列に並ぶ。 「イベントの最中、非常に申し訳ない。全員、そのまま動かないでくれ」  隊長らしき男が、拡声器で声を上げる。  草太はボールをかかえたまま直立した。イベントの参加者も皆が緊張した面持ちで様子をうかがう。 「男を探せ」  隊長の指示に従い、隊員たちは参加者たちに詰め寄る。  その数秒後、 「こっちへ来い」  コート管理者の犬飼が、長身の自衛隊員に連れていかれた。 「わたしはこのコートの管理者だ。連れてかないでくれ」  犬飼は必死に叫ぶ。  だが、 「関係ない。男は復興のために協力しろ」  自衛隊は問答無用で犬飼を車両の後部に乗せた。   コート上の空気が、冷たいほどに張りつめた。 「解散!」  隊長の号令で、隊員は車両に乗り込んだ。  ゴゴゴゴ、と地面を揺らす音を響かせ、自衛隊は去っていった。  残された誰もが、声を発さない。いや、発せない。  時が止まったような沈黙が続いたあとで、女の子の泣き声が聞こえてきた。  母親にしがみつき、顔をうずめ、しゃくりあげるように泣いている。  指定残島区域の男たちは皆、復興のための労力となるため、連れていかれる。  このコートに男の姿がないのはそのためだった。 「続きをしようか」  草太はボールを拾い、花立南に渡した。  少女は何も言わずにうなずくだけだった。ボールを受け取る手はかすかに震えていた。  あいかわらず、一言も口をきこうとしない。  悲壮感が張りついたような表情。  ゲームを再開しながら、草太は考えた。  この少女にも心の闇があるのだろう。  宇佐美の話によれば、花立南は震災の被害で家族を失ったという。  そのショックで言葉がうまくしゃべれなくなったのかもしれない。  震災により、失うもの。  それは草太にもあった。  あまりに手垢のついた言葉になるが、草太は夢を失った。
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