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実は僕は今時、肩身が狭くてまだ異端者と迫害されるまでには至ってないが、間違いなく後ろ指くらいは余裕で指されているであろう喫煙者なのだ。今や絶滅危惧種。ここ数年のうちに同志は次々と禁煙包囲網に陥落し、随分と生息域も狭まった。
優香には「野菜を食え」の言葉以前にもっと強く「いい加減に煙草なんか止めたら?」と言われ続けていた。煙草なんかのなんかには煙草に対する嫌悪と侮蔑の意味が込められていたようだ。その度に僕は(うるさい)と心の中で小さく彼女に抵抗した。
またしても馬の耳に念仏。都合の悪いことは右から左で──僕は煙草を吸うことを止めなかった。
母親でもない優香が僕のために念仏を唱え、しまいには「あなたガンになりたいの?」と悲し気な顔を見せた、こんな僕のために。まだ結婚の約束もしていなかったのに。 いや……ちゃんとした野菜も食わない上に、百害あって一利なしとお墨付きの煙草を吸う男に、結婚する資格なんてないのか。それなら逆説的には男女間における野菜と禁煙の度重なる押し付けとも取れる推奨は、遠回しのプロポーズと考えることもできるだろう。
では生活を改めなかった僕は無意識ながら、彼女からのプロポーズを拒否したことになる。
──「あなたガンになりたいの?」
はい……なりました。すみません。しかも余命半年です。
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