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渋谷天音
「いいかお前ら、よく聞け。女遊びがしたいならスター選手にはなるな」
試合前練習中。俺は後輩野手陣を集めて意気揚々と持論を語っていた。といってもプロ7年目、若干25歳の俺の後輩なんて、この1軍にはたった3人しかいないのだが。
「なんでっすか? 渋谷さん」
ドラフト1位入団、大卒22歳の新人君が疑問の声を上げる。
「女遊びをする場合の一番のリスクは何だ?」
「えっと……週刊誌に撮られること、とか?」
「まぁ、そうだ。言い換えれば、遊びが世間様にバレることだな。その場合、球団から何らかの処分が科される可能性がある」
「そうっすよね。ニュースなんか見てると、謹慎させられてる人とかいますし」
「じゃあもう一つ質問。週刊誌に撮られるとして、週刊誌の記者は世間的に無名の選手とスター選手、どちらのスクープを欲していると思う?」
「そりゃあスター選手っすよね。そっちの方が売れるだろうし」
「その通り」
俺はニヤリと口角を上げる。
「つまりスター選手になれば、パパラッチに追い回され女遊びがバレる危険性が高い! そしてそれを警戒すれば自ずと行動は制限され、遊べる機会は減ってしまうのさ!」
「で、でも」
新人君は再び疑問を呈する。
「単純に考えて有名な方がモテるはずだし、遊ぶには都合がいいんじゃないんすか? ほら、女子アナと結婚してるのだって大体はスター選手ですし」
「まぁ確かに、女子アナや女優レベルと付き合いたいなら有名になるに越したことはないな。ただ、純粋に数をこなしたいならオススメはしない」
「えっ、なぜ?」
「これは完全に俺の経験則だが……『プロ野球選手』そして『年俸1億』という肩書さえあれば、大抵の女は食えるからだ! ちなみに俺はこれを『年俸1億理論』と呼んでいるんだが」
「マジっすか!」
「マジだ。そして逆に年俸1億を超えると、金額に比例して世間にバレるリスク、また実際にバレた時の世間からの風当たりがキツくなってゆく」
「そ、そうなんすね……」
「ああ。だから最初に言ったように、自由に女遊びがしたいなら決してスターにはなるな。年俸1億ちょっとをキープし続けろ。女子アナと付き合えなくても、無名なモデルや素人にだって可愛い子は山ほどいるんだからな」
「わかりました! 俺、スター目指すのはやめます! ありがとうございます、渋谷さん!」
新人君は目をキラキラと輝かせて俺の手を取った。
かかったな。俺は内心ほくそ笑む。これでまた一人、競争相手が減った。
「年俸1億理論」は嘘ではない。ただし、誰でも年俸1億に手が届くほどこのプロ野球界は甘くない。誰かが頭角を表せば、別の誰かが立場を失う厳しい実力社会。
俺が年俸1億をキープするために、レギュラーの座を脅かす活きのいい若手は排除する。
これが俺のやり方。極力練習をせずともこの世界にしがみつき、甘い蜜を吸い続けるための処世術。
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