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「オラァ! テメェら練習中に何喋ってんだ!」
出し抜けに、後ろからドスの利いたがなり声が飛ぶ。瞬間、新人君含む俺以外の三人は弾かれたように立ち上がり、90度に腰を折った。
「す、すいません青木さん!」
「いいからさっさと練習に戻れ!」
蜘蛛の子を散らすように駆け出した三人を眺めながら、俺はチッと舌打ちをした。
「おい。俺はお前にも言ったつもりだったんだがな」
「……うっせぇな。邪魔すんなよおっさん」
いつものように説法に横槍を入れてきたその男に、俺は背を向けたまま吐き捨てた。
青木大吾。
名実ともに日本プロ野球界の頂点に君臨する「スーパースター」。数年前の怪我の影響で全盛期ほどの力こそないものの、未だ我が「東京エンジェルズ」不動の4番に居座る男。
そして俺にとって、今、球界で最も忌々しい存在が彼だ。
「うるさいとはなんだ。俺たちはプロ野球選手なんだぞ。子供たちの手本になるよう、一生懸命練習するのは当然の義務だ」
「今は子供は見てないだろ。まだ開場時間前なんだから」
「全く、減らず口だけは一流選手だな」
呆れたように笑う青木。その、まるで聞かん坊をあやすような声のトーンが、俺は気に入らない。
「いいか。日頃の練習態度っていうものは、隠しているつもりでもプレーに如実に表れる。スイング、捕球、送球……そのどれもが自分自身を映す鏡なんだ。子供たちはよく見ているぞ、お前のプレーを。
だからこそお前は子供たちの夢を壊さないように、プロ野球選手として、常に野球に全力で取り組む姿勢が求められているんだ。大体お前はいっつも……」
ああ、鬱陶しい。口を開けば「子供」だの「夢」だの「義務」だの、綺麗ごとばかり抜かして。俺はそんなもののために野球をやっていない。俺はただ、自分がいい思いをするためだけに野球をやる。
これまでもこれからも。それはずっと変わらない。
「……おい、聞いてるのか渋谷! おいって!」
「あん? なんだよ、うっせぇな」
「だから、お前は誰に憧れて野球を始めたんだ?」
「は?」
「いや、だからよ、俺たちは皆『あの選手みたいになりたい』とか『あんなプレーをしてみたい』って憧れから野球を始めただろ? 俺だって、ガキの頃球場で見た落合さんに憧れてな。初めて生で見たホームランは、そりゃあもう美しくて。何度も友達とフォームを真似てな」
「興味ねぇよ。てか、いつのまにか自分語りになってんじゃねぇか」
「ああ、悪い悪い。で、お前は誰に憧れたんだ? 鈴木さんか? それとも松井か?
……あったはずだ、お前にもそういう時期が。あんなふうになるんだと夢を抱いた、少年時代が」
「……んなガキの頃の話、覚えてねぇよ」
俺は立ち上がり、青木に背を向けたままバッティングマシンに向けて歩き出す。さすがに試合前に全くバットに触れないのは監督の心証が悪いだろう。
歩く最中、後ろから「素直じゃない奴め」と恨み節が聞こえたが、俺は聞こえないフリをした。
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