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GWも足早に通り過ぎた頃の、ある日の試合中。
9回裏、エンジェルズの攻撃。スコアは7-6と1点を追う展開。ノーアウトランナー1塁のチャンス。
「バッター、3番、渋谷」
ウグイス嬢の声とともに俺は打席に入る。ここで俺が繋げば、4番青木にチャンスで打席が回り、同点、あるいは逆転が見えてくる。
だけどお生憎様、俺はこの時、試合後の合コンのことで頭が一杯だった。というのも、今日は前々から狙っていたモデルのアヤちゃんが来てくれるらしい。千載一遇のチャンス。正直、野球どころではない。万が一、同点延長なんてことになれば、時間的に合コンはお流れとなる可能性が高い。
確実に合コンにありつく方法は? 俺は瞬時に最適解を導き出した。
初球。外角のスライダーを強引に引っ張った打球はコロコロと弱々しく地面を転がり、遊撃手のグラブに収まる。2塁、1塁と送球が渡り、記録はダブルプレー。ツーアウト、ランナー無し。
勝敗がほぼ決し、チャンスに色めき立っていた観客の期待感が一気に萎むのを感じた。俺はヘルメットを深くかぶり直し、視線を地面に落としてベンチへと歩く。
「おい」
打席に向かう青木が、すれ違いざまに俺を呼んだ。静かな怒気を孕んだ声色だった。
「お前、今わざとアウトになったな?」
ドキリと心臓が跳ねる。
その通りだ。あえてショートゴロを打ち、ダブルプレーに倒れることでチャンスを潰し、試合に負けて合コンに間に合わせる。それが俺の立てた作戦だった。
なぜバレた?
「大方、この後に用事があって早く終わらせたかったんだろうが、優勝を目指すチームの一員としてさすがに見逃せないな」
「……だったらどうする? 監督に進言するか? 『渋谷は敗退行為をしています。レギュラーから外すべきです』って。そんなの、監督が信じるとは思えないけどな」
「いや。それよりもっといい方法がある」
ニヤリと笑い、青木は打席へと向かった。訳が分からず首を傾げる俺。
あいつ、一体何をするつもりだ?
答えはすぐに分かった。初球のフォークを掬い上げるように捉えた青木の打球は、あっというまにフェンスの向こう側に消えた。
同点ホームラン。敗退ムード一色だった観客席がドッと沸き上がる。
「あの野郎……狙ってホームランを打ちやがった……」
呆然とグランドを見つめる俺に、ベンチに戻ってきた青木が言った。
「早く帰りたいなら、次の打席にホームランでも打つことだな。もっとも、お前にそれができればだが」
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