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青木大吾
「4年前、試合中に怪我をして以来騙し騙しやってきたんですが……今年に入ってから急激に悪化しまして。医者からは『早いところ引退しないと、このままでは歩けなくなる』と言われました」
「そんな状態を隠して試合に出続けていたのか。全く、馬鹿なのかお前は……」
監督が呆れたように大きな溜息を吐いた。俺は取り繕うようにハハと笑ってみせる。
「守備は、負担の少ない一塁手なんでまぁ大丈夫です。ただ打撃の方は……さっきホームランを打った打席で、左足を踏み込んだ瞬間、今までに感じたことのない痛みが走りました」
正直に全てを話す。この人の前で嘘を吐いても意味がないことは、さっき分かった。
監督はしばらく目を閉じて黙っていたが、突然意を固めたように目を見開き、言った。
「この話を聞いたうえでお前を試合に出すことはできない。悪いが、明日からはスタメンを外れてもらう」
申し訳なさそうに、けれども、有無を言わせぬ強さをもって告げられた言葉。こうなることは予想できた。監督は優しい人だから、俺の身体を一番に考えてくれたに違いない。
だけど。
「嫌です」
俺は間髪入れずに答えた。面食らった様子の監督に、さらに言葉を続ける。
「俺は『スーパースター』なんです」
「……自慢か?」
「違います。スーパースターには野球界を支え、子供たちに夢を与える義務があります。怪我なんかに負けてしまったら、子供たちがガッカリするでしょう。
だから、俺は試合に出ます」
「スター選手なら他にもいる。お前が全て背負う必要はない」
「スターはいても、スーパースターは俺しかいません」
「……詭弁だな。言葉遊びに付き合うつもりはない」
踵を返した監督の背に、俺は叫んだ。
「今シーズンだけ! あと少しだけ俺に時間をください! その間に必ず、俺の後を継ぐスーパースターを育てます! そうしたら、後は喜んで引退でも何でもさせていただきますから!」
「世迷言を!」
監督が珍しく声を荒げた。俺は怯まぬよう両足に力を込める。
「お前のようなスーパースターが簡単に育ってたまるか! うちのチームの、いや、今の球界のどこに、お前のようになれる選手がいる? お前は数十年に一人のスーパースターだ。それは俺も認める。だからこそ、そんなに簡単に育つはずがないんだ!
……この先のプロ野球を憂うお前の気持ちはわかる。だが、どんなに望んだところでスーパースターなんてそうそう……」
「一人だけいます」
「何?」
「球界を背負って立てるかもしれない選手が、一人だけいます」
俺の言葉に、監督が小さく息を呑んだのがわかった。
「……誰だ? その選手というのは」
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