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宏哉の作る曲は、良く言えば「優しい曲」で、悪く言えば「地味な曲」だった。A面には絶対に収録されないような曲。多分B面でも真ん中あたりの。
突き抜けたところが一つもない。ぱっと耳に入るようなメロディでもない。疲れている時とか、傷ついた時とかに聞くと沁みるんだろうけれど、そんな曲だけを延々と流されても正直飽きる。
曲にも性格が出るのだ、きっと。宏哉はひどく優柔不断な男だった。地味で、自信がなくて、優しいだけの男。
大学生の時にサークルで出会ったのが始まり。もうきっかけは忘れたが、彼と行ったカラオケで歌のうまさに驚いた。それで、曲を作れば? と私から勧めたのだ。
彼は嫌がることもなく無言で頷き、次の日からギター片手に曲を作り始めた。毎日毎日朝から晩まで大学の構内の隅っこで弾いているから、悪目立ちして後ろ指を指されていた。見てあいつ、気取っちゃってさ。派手なグループは、聞こえよがしにそんなことを言ったりもしていた。
見かねて声をかけた。
「どうしてずっとここで弾いてるの」
そう言うと、下がった眉毛をさらに下げて
「家賃滞納して、家を追い出されたから」
と小さな声で答えた。仕方なく家に上げると、その日から毎日私の家で過ごすようになった。優柔不断で気弱なくせに、妙に図々しい。
それから私は、まるで彼の母親のように世話を焼いた。実家にいた頃は年の離れた弟の世話をしていたせいで、彼のことは弟のようにしか思えなかった。
パソコンや録音機材も全部私が買ったものだ。宏哉はお金を稼ぐということが壊滅的に下手だった。接客業では客に怒鳴られ、日雇いの工場でもスタッフに怒鳴られ、ぐすぐすと鼻を啜りながら帰ってくることは一度や二度ではなかった。
そんな彼がある日、1枚のCDを渡してきた。顔を真っ赤にして、指先までぶるぶる震えて。
「き、聞いてください」
収録されていたのは、彼が初めて作った曲だった。ありふれたコードにありふれたメロディ。歌だけはうまい。ありふれた歌詞では「君が好きだ」なんてことをつらつらと語っていた。
「聞いたよ」
そう言うと彼は、びくびくしながら「どうだった?」と聞いてきた。
「良い曲だと思う。これ、私に対して歌ったもの?」
そう聞くと、耳まで真っ赤になったあと、小さく頷いた。頷いた後に、もう一度大きく頷いた。私はふうとため息をつく。回りくどいしどうしてやることだけはキザなんだろう。
「付き合う?」
私のその言葉に、宏哉は目を輝かせて顔を上げ、大きく2度頷いた。付き合うって選択肢を提示するのも私かよ、とそんな思いが浮かんで、慌てて追い出した。だってこんな頼りない男でも、初めて私を好きだと言ってくれた人だったから。
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