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ギターとパソコンを抱えて、丸まった背中が河川敷を歩いている。
「宏哉!」
私は彼を呼ぶ。はっと顔を上げて、振り向いた。
「橋の下ででも暮らすつもり? ばかじゃないの?」
宏哉は困ったように眉を下げて、力無く笑って首を横に振る。
「ほんと、ばかじゃないの……あんな、あんなCD渡されてハイ結婚しますなんて言うわけないでしょ!」
私は涙を拭った。宏哉は叱られた犬のように俯いている。
「いつまで経っても曲は冴えないし! B面にしか収録されないような曲ばっかり作ってさ!」
うん、とうなだれたまま彼は頷く。
「結婚なんてね、結婚なんて……お金もいるし、生活も大変だし、もう、あの、大変なんだから!」
メイクも落ちてぐしゃぐしゃの顔を袖で拭う。きっと顔はボロボロで、側から見たら27歳には見えないだろう。
うん、うん、と宏哉は頷く。
「だからね、結婚は無理! でも、でも……出て行くのは、保留でいいよ」
可愛げのない私は、そんな風にしか伝えられない。でも、値下げシールを貼られつつある私や宏哉を拾う人も、世界のどこかにはいるのだ。
宏哉はぱっと顔を上げる。涙と鼻水でびちょびちょのまま、私に抱きつこうとする。慌てて「鼻水を拭け!」と押しのけた。
ごめん、と言いつつ袖で顔をこすり、泣き腫らした垂れ目で私に向かって笑う。地味で、頼りなくて、優しいだけの宏哉。
私より少しだけ背の高い宏哉の胸に、顔を押し付ける。
「レコード会社の件、おめでとう」
顔を上げずにそう言うと、ぎゅっと抱きしめられた。地味で、自信がないのに、年甲斐もなくクサイことばっかり。曲を聞いて飛び出してきた、今の私も十分クサイけど。
「ありがとう。奈美も誕生日、おめでとう」
ばか、と顔を上げておでこを中指で弾く。いた、と声を上げる宏哉にべえっと舌を出した。足元に置かれたギターを拾い上げて、家へと歩き出す。
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