0人が本棚に入れています
本棚に追加
光の宮殿にすみたい。
Kさんにお呼ばれして、はじめてタワマンというところを訪れた。Kさんは私がバイトをしているアパレルの女性社長だ。Kさん、と私がなれなれしく呼べる相手ではない。そもそも、Kさん宅にお呼ばれしたのだって、お客としてではない。私はKさんが開くホームパーティに「接客要員」としてアテンドされただけだから。
Kさんが私の勤める店舗に寄った時、私の顔をまじまじと見詰めてKさんは「LINE教えて」といってきた。
私は知っている。私は美しくて、スタイルもいい。何より若い。インスタにセルフィーをあげるとフォロワーが絶賛してくれるということを。私の顔に加工プリはいらない。インスタをはじめたのは最近だけれど、インスタフォロワーは4万人、tiktokも5万人に到達しようとしている。インフルエンサーとして、PRの仕事も舞い込んでくる。
だからKさんにとって、私をアテンドすることはKさんのお客さまへの「よりよい接待」にもなっただろうし、私も自分の価値をはかりにいったのだ。
Kさんのマンションはどこかの宮殿みたいだった。家具やインテリアに関して素人の私でも分かるようなハイブランドがずらりと居住まいを整えて並んでおり、大きな窓からみえる夜景は四十階の高さからならでは。その日、隅田川の花火大会もあったため、大きな花火をまさしく高見の見物ができた。
ただ、私は接客要員だったのでグラスを代えたり、クロークルームの担当を任されたりと、忙しかった。
それでも華やかなテレビやネットで見たことのあるような人達を間近でみて、目のくらむような空間に身を置いて、「ずっとここにいたい」「この場の主人公になりたい」と強く思った。
そんな時、客のひとりに声をかけられた。「君、名前、なんていうの?」
それがOさんだった。
Oさんは五十代、Kさんの会社と取引のある芸能事務所の代表だった。それほどメジャーな所属タレントはいないようだが、それでも芸能界に縁があるのは事実だ。
「なみといいます。佐々木なみ」
「なみちゃん、いい名前だね」
そういって彼はやたらと個性的な色のリムの眼鏡をくい、とあげた。
そんな彼とわたしはすぐに男女の仲になった。
いわゆる、パパ活。古い言葉だと愛人契約ともいうだろう。月に五十万は定額で貰った。時にOさんの同伴者として、アングラなパーティにも参加した。そのときは二十万ほど余分にボーナスが出た。
私はOさんのお金が目当て。Oさんは私の顔と体が目当て。
Oさんと私はデートをして、そしてホテルでセックスをして、別れる。二週間に一度の頻度で、私とOさんとは契約を果たした。
Oさんは既婚で、私とそう歳の違わない女の子が二人いるらしい。それは私にとってどうでもいいことだった。
私は若くて美しくて、お金になる体と顔を持っていた。
それは私のリソースだった。
私はOさんとセックスする前に、何度も自分の体を全身鏡に映して見つめた。
手足が長く、顔は小さい。上を向いた乳房に、しまったウエスト、なだらかな下腹部。しみひとつない白い肌、そして、まつげが長く、大きな目、血色のいい唇、すっと通った鼻梁。どこも整形すらしていない。
こんな体と顔をしている私を抱けるOさんは幸せだろう。そして対価を払うのはあたりまえだ。
だが、いずれこの体も重力と加齢に勝てずに衰えていくのだろう。そして私の価値はどんどんと減っていく。この体だけを資源として考えるなら、その資源はいつかつきる泉のようなものだ。体の上にながれておちる年月は毒の水で、体をたるませ、顔にしわを刻み、痛めつけるものだった。
だから歳をとるのは恐ろしかった。十九歳だった私は、二十歳になることすら恐ろしかった。もう十代でなくなることは、私の価値が落ちることでもあった。
焦った私はOさんの事務所で雇ってもらえないかと考えた。しかし、それはギャンブルみたいなものだ。
あの小さな事務所でなにかしらの仕事にありつけたとしても、グラドルくらいしかないだろう。恐らく枕営業もある。安い給料でこき使われ、消費されるのはごめんだった。
私は私の価値を維持したかった。
それに芸能界にはそれほど興味があるわけではなかった。
芸能人、アイドル、そういった「なにものか」になりたいわけではなかった。
そんな時だった。私が壮年の男性とホテル街でデートをしている、パパ活をしているという噂がバイト先の店のスタッフのあいだで流れた。
スタッフたちに無視をされたり、ひそひそとこちらに聞こえるようにはなしをしたりされた。
ある日、店長から呼び出され「噂の真偽どうこうより、噂が流れること自体が困る」と解雇されてしまった。
噂を流したのは、同じようにKさんにアテンドされたCちゃんだろう。Cちゃんは私のようにKさんからLINEを聞かれたわけじゃない。Kさんが店長に「人がたりないから、来られる子をよこして」といって、アテンドされた。
彼女が私を勝手にライバル視しているのは知っていた。ただ、美しい私はどこにいってもそういった目に遭ってきた。私が生まれ育った田舎でも、この東京でも変わらない。
変わらないからこそ、私は私が美しいのだと何度も確信できた。私の「親友」でも美しい私を憎んだ。私は彼女にへりくだって、友達を続けてもよかった。
だが、私は美しいことを選んだ。私の周りには、私の美しさに惹かれる男や、そして女もいたが、それらには笑顔の施しはしても、なれあいはしなかった。孤高こそが美しさだった。
Cちゃんもそこそこの顔面にスタイルだ。ただ、Cちゃんには私のように、「自分の価値」を見定めることはできなかったし、自分を商品にすることもできなかった。
私はバイトをくびになって、すっきりとした。時給1000円かそこらで働くには、私の時間は惜しいし、資源は有限だった。バイトで使うはずの時間を公園でビールを飲んで、ぼおっと思考を巡らせることに使った。
私の脳裏にはKさんのマンションがずっとこびりついていた。それはきらめくような光の記憶だった。あんな綺麗な部屋はみたことがなかった。あそこにいきたい。
高校を出て、東京にいけば、きっと自分は人生の輝きというものを手に入れられると思い込んでいた。その象徴があの家だった。
あんなマンションが欲しい。
私はパパ活をOさん以外ともはじめた。
アプリで顔合わせの予定を交わし、スケジュールを組んだ。自分の持っている服やメイク道具で、どの相手にはどのファッションがいいのかを探った。メイクは自分の素顔を隠すこともできる。
正直なところ、メイク道具や洋服にあまりお金はかけたくなかった。うまく彼らをおだててねだり、クレジットカードを切らせた。
相手の好みはアプリのやりとりでだいたい分かった。キレイめ、かわいめ、ふんわり系、お姉さん系。私は彼等の欲望の鏡だ。彼等の欲望を満たすのが鏡としての役割だろう。
男の人は大抵、連れて歩いて、うらやましがられる女性を好む。それを否定するつもりはない。
ただ、恋愛感情を抱かれるのには困った。「恋人としてつきあいたい」なんて言われるのは面倒だったし、不快だった。ストーカーまがいのこともされた。
私は携帯を二台持ち、LINEのアカウントも複数作った。セックスする時は相手の携帯をうまく取り上げて、録画や写メをされないようにした。帰る時はタクシーを使って、何度か乗り換えをした。私が「佐々木なみ」であることを突き止められないよう身分証は持たず、家の鍵などはすべてロッカーに預け、アプリも複数入れては入退会を繰り返した。
私の貯金はパパ活一本で、あっという間に5000万を超えた。
私は早速、Kさんほどの大きなマンションではなくても、自分の手が届くマンションを購入した。
1Kの部屋から持ってくるものなんてたいしたものではなくて、実際、家具を置いてみると、粗大ゴミが増えただけだった。
引っ越し当日の夜、私は明かりを消して外を眺めた。その部屋から見下ろす世界をこれまで私は何度も想像した。その世界では、私は神様みたいに下界を見下ろしていた。しかし、実際に見つめてみると、私の想像していた世界より下界はずっと間近にあった。内見ではとても綺麗な部屋で、満足していたのに。
Kさんの家みたいな光の宮殿ではなかった。
私は理解した。
私はKさんのマンションが欲しかったわけじゃない。Kさんみたいなインテリアをそろえるお金、きらびやかな人達との交流が欲しかったのだ。そう、Kさんみたいな地位。
息が止まった。私はしばらく呼吸をわすれたが、次第にゆっくりと私は息を吸って吐いた。
自分のリソースを考えた。さて、今から私がKさんのようなアパレルの社長になれるだろうか。なれないだろうし、なるつもりもない。私は私でいたいだけだ。
でも、この顔と体なら、Kさんに近い社会的な場所に食い込めるかもしれない。私にとって、この体と顔はお金になる手っ取り早い手段だった。そして社会的な地位も手に入れられる可能性はある。そしてあの光に満ちた家や人々を手にできるかもしれない。
すでに私は二十歳になっていた。なった瞬間は死が近付いたように思われたが、私はそれでも生きていた。そうやって歳老いていくのだろう。自分のリソースがいつ尽きるのか、私はそのラインを見極めていた。
それに私は自分を商品としてパパ活をするのが、面白かったのだ。
パパ活で学んだことは自分のマネージメントだった。彼らから貰ったお金の税金対策も行った。私のやることが犯罪になるなんて、私の体と顔に失礼なはなしだ。世間になにをいわれてもいい。だが、私の顔と体は物理的にも社会的にも傷つけられたり、けなされたりするべきものではない。
私にとってパパ活は職業だった。
私は美しい。
美人は時として不幸だ。しかし、私は美しいことをやめなかった。
そして自分の能力が美しいだけではないと分かった。私は知識をつけた。立ち回りかたも覚えた。
私は自分をお金に換えることができる。私は自分を商品としてあつかうことができる。
私のリソースは有限だが、私の美しさと、それほど賢くはないが、学べる頭でいけるところまでいってみよう。
光の宮殿のような家や人脈を手に入れても、結局、「こんなものか」と私はがっかりしてしまうのかもしれない。だが、恐らくその過程を私は楽しめる。
何より私が私をプロデュースすることに飽きていなかった。
二十歳の私はあと十年、私を商品にすることに決めた。
ふと、空を見上げる。都会の夜には星がない。それが私の世界だ。
最初のコメントを投稿しよう!