第1話 スローライフってこういうことじゃなかったっけ?

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第1話 スローライフってこういうことじゃなかったっけ?

「ボス、敵襲です!」 「いや、知ってるけどさ。1月前にやっつけたばっかりじゃん。また来るかなあ」 「おそらく別口でしょう。それより出陣をお願いします。」   俺は、ベッドからもそもそと起き上がり、リビングに移動した。 『アリスさんさあ、今からちゃっちゃと朝飯食っちゃうから、適当につないどいてくれる?』 『適当って、本当に適当な言い方ニャ』  ソファに寝そべった美女、ではなく、黒猫姿のAIアリスはやる気のない声で返事をした。  大丈夫。これでアリスさんはできる子なので、盗賊集団の100人や200人、屁でもない。 『盗賊より屁の方が手ごわいニャ。トーメーの屁は匂いがなかなか消えニャイニャ』  俺の屁なんか可愛いもんでしょうよ。お部屋のフレグランスとしてお楽しみください。 『盗賊の数は約30人。20分前から式神ネットワークが敵影を捕捉しているニャ』  俺は、厚切りの食パンをトースターにセットし、冷蔵庫から牛乳を取り出した。 『全部下僕(しもべ)たちにやらせるのも味気ないし、怠け者の主人みたいに見えるからさ。親分ぽい奴を2~3人残しておいてよ。後はトビーとアローに間引いてもらって』  今日のトーストには自家製のいちごジャムをどっかどっかに塗りたくってやろう。カロリー最高! 「ボス、何で飯の支度してるんスか? 敵が来てるんで……」 「朝からバタバタすると、1日を気持ちよく始められないよ。お前、もうご飯食べたの、ブラウニー」 「いや、まだですが……」 「じゃあ、お前の分もパンと卵焼いてやるから付き合えよ」  俺はトースターに追加のパンを突っ込むと、フライパンをIHヒーターに載せ油を引いた。 「ボスぅ……」  情けない顔をしつつもブラウニーは俺の言うことを聞いてテーブルに着いた。 「お前、目玉焼きは醤油派、それともソース派? 塩コショウとか、ケチャップ派もいるか……」  俺はフライパンに卵を落とし、良い感じのところで蓋をかぶせて蒸し焼きにする。ちょっと水を入れてね。 「あっしは最近マヨネーズって、ちょっとのんびりしすぎじゃないですか?」  ブラウニーったら最近はノリツッコミをマスターしつつある。何気に(あなど)れない男。 「大丈夫だって、以心伝心でアロー君とトビーが現場に向かっているから」  我が家の守護神、3つの下僕、アリス、アロー、トビーは最強ですからね。アリスさんはそこで寝てますが。 「本当ですか? いくらボスがテイマーだからって、指図もしないのに馬だの鳥だのが勝手に敵を撃退しますかね?」  ブラウニーは元チンピラの癖に、頭が固い。うん? 元チンピラだからかな? 「ウチの子はお利巧ぞろいなの。命令とか、そういうのは必要ないの」  面倒くさいので俺はいい加減に返事をする。それよりも目玉焼きの焼き上がりの方が大切だ。縁はカリカリ、中はしっとりと行きたい。 「でも、30人くらい来てるんですよ。2匹で大丈夫ですか?」 「はい、減点ーー! ウチの子達を『匹』とかで数えちゃダメー。罰として、ジョロキア入りまあす」  ブラウニーだけ「激辛目玉焼きの刑」ね。ウチの子の場合、最低でも「体」で数えないとね。普通は「人」でしょ、「人」。 「よし! 出来上がりの焼き上がり!」  俺は目玉焼きを皿に盛り、脇で炒めていた付け合わせのベーコンを添えてやる。ウチの流儀はベーコンと目玉焼きを一緒くたにしないタイプね。一緒にしちゃうとしっとり感とカリカリ感が混ざっちゃって、楽しみが減っちゃう気がするので。 『チェックメイト・キング2。こちらホワイトロック』 『ホワイトロック、どうぞ』 『トビーが西側の敵をロックオンしたニャ。こっちはいつでも殲滅可能。もう一隊が東側に展開しているニャが、こっちに親ビンがいる様子ニャ』 『了解。東側はアロー君が向かっているのね?』 『アファーマティブ。光学迷彩とアクティブノイズキャンセリングで、景色と一体化しているニャ』  アロー君てばお馬さんなのに自然と一体化なんて、ナチュラリストだわ。あ、馬は自然の一部か? 『何か、ステルス・モードを使わなくてもウチの子たちは警戒されない気がして来た……』 『ネガティブ。様式美という物があるニャ。ウチは形から入る家柄だニャ』  そこはアリスさんと趣味が一致するところ。様式美って大切だよね。お約束、お約束。 『ロジャー・ザット。接敵すなわち殲滅せよ。繰り返す。接敵すなわち殲滅せよ。ネコ、ネコ、ネコ!』 『オーキー・ドーキー。親ビンと助さん、格さんを除き、焼き尽くし、薙ぎ払う。ネコ、ネコ、ネコ! ……ニャ』  勇ましく号令をかけたところで、ソファで寝そべるアリスさんと目が合った。  同じ部屋にいる同士で脳波通信するのもアレだけど、ブラウニーがいるしね。これもまた、ひとつの様式美。  さあ、ジョロキアソースをたっぷりかけた特製目玉焼き「地獄のゲイザー」出来上がり!  ブラウニー君よ、残さず召し上がりたまえ。食べ終わるまでミルク禁止ね。 『チェックメイト・キング2。接敵を確認。西方戦線開戦せり。トビー飛行兵急降下攻撃敢行!』  どれどれPinP画面でトビー君目線の映像をと……。おおー、大迫力30倍光学ズームレンズ。8K高精細動画でお送りしております。  トビー君は鳥類最速クビワモリハヤブサですからな。え? クビワモリハヤブサを知らない? クビワモリハヤブサですよ、クビワモリハヤブサ。早口言葉じゃないよ。    ハヤブサの最高速度は390キロだ。トビーの攻撃は避けられない。 「うんむ、ぐぅおっ、ひぃいいいーっ」  うん、目玉焼きの焼き加減が最高だね。そう思わない、ブラウニー君? 辛い? あ、そう。  トーストにはバターをたっぷり塗った上に、いちごジャムをどっぷりと載せる。ゼラチンとか混ぜてない奴ね。ナチュラルなオーガニックでお届けしております。 「はあ。うんめぇー」  思わず、羊みたいな声が出てしまった。おっとトビー君の急降下攻撃だ。  うわあー。盗賊たちの足元をすり抜けながら、電光石火の「超音波砲攻撃」だ! うーん、これはお子様には見せられないね。  アリスさん、ありがとう――着弾点にきらきらモザイクを掛けてくれて。リアルタイム動画加工までこなすとは、ウチのAIさん本当に優秀。あ、首が飛んだ。 『東方戦線異状あり! アロー号接敵す。見敵必殺! 見敵必殺!』  おっと2元生中継でした。現場のアロー君にカメラを切り替えまーす。おお、いるねえ。隠れもせずに10数人。  この距離だとまずは狙撃からかな。やっぱり、後ろを向いて構えたね。 『アロー号、狙撃姿勢完了。発砲許可を求める』 『ホワイトロック、発砲を許可する。ファイヤー・アット・ウィル』  アロー君、勇ましく後ろ足を宙に蹴り上げる。体内に内蔵されたマイクロ原子炉から送り出された高圧電流が駆け抜け、両足内部に装備されたレールガンに超磁力を発生させる。超磁力加速銃発射!  蹄の中央に設けられた銃口から、秒速3000フィートに加速された7ミリ弾が射出された。ソニック・ブームを発生させながら大気を切り裂き、賊二人を打ち倒す。  こっちもロックオンしてるから、絶対に外さないもんなあ。  おっと、敵が攻撃されたことに気づいたね。アロー君の姿は見えないものの、発射音で大体の方角は掴めたのか。意外と優秀じゃん。弓持ちが出てきたね、3人? 当たらないよ?  打ち出された矢はアロー君に届く直前で大きく軌道を曲げて逸れていく。アロー君特製「超磁力制御」。引き寄せるのも反発するのも自由自在。何なら、IH加熱もできるんじゃない?  矢ごときが当たったところでねえ。ウチの子たちはナノマシンを身に宿しているからね。皮膚を超硬化させて刃物をはじき返しますよ。でも超磁力で避けた方が格好いいじゃん。様式美よ、様式美。 『チェックメイト・キング2。状況終息を確認。繰り返す。状況終息を確認』 『ロジャー・ザット、ホワイトロック。トビーは帰投。アローにはゴローを合流させ、戦後処理に当らせよ』 『ロジャー・ウィルコ。通信終わり』  さて、お食事も終わったし、盗賊の親分を尋問させてもらいますかね。情報を吐かせたら、街に連れて行って衛兵隊に突き出しましょう。いくらか賞金がもらえるかもね。盗賊の襲撃も悪いことばかりじゃない。 「ボ、ボス。食べ終わりやした……」 「おう。頑張ったな、ブラウニー。盗賊はあらかた片付いたみたいだよ? じきにアロー君が頭目を連れて来るから、どうして悪いことをするのか聞いてみようか」 「えっ? も、もう退治したんですか? うっ、ごほっ」  うーん。今日もいつもと変わらない1日だね。天気もいいし、野菜畑の様子でも見に行こうかね。全自動水耕栽培だけど。  異世界に転生してきてから、早や1月。そろそろ冬支度を考えないとね。電気もガスもないこの世界で、ウチだけ原子力発電のオール電化だから寒さに凍えることも無いんだけどね。  暖炉で薪とか燃やしてみたいかな。でも家の中が煙臭くなるらしいね。お外で焚火して、キャンピングでもしようか。憧れのスローライフよ。 『妄想中のところ悪いニャが、体中にナノマシンを寄生させて自動回復やら不老不死やらを実現している時点で、スローライフとは言わないニャ』 『わかってるけどさあ。言わないでよ、アリスさん』    60歳で引退して余生をのんびり過ごす予定だったんだからさ。ちょっと予定が変わって、異世界に転生して20歳の体に若返っちゃったけど。  そういう時はスローライフを目指すってのが様式美じゃん。みんなそうしてるよねえ? ……ねえ?
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