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第6話 政教分離
東京都千代田区にある私立マルクス高等学校は(後略)
ある朝の朝礼で、担任の先生は見慣れない女子生徒を伴って入室してきた。
「今日からこのクラスの一員になる女の子を紹介するぞ。国靖さん、自己紹介をお願いします」
「北海道の高校から転校してきました、国靖まひると申します。東京には不慣れですが、何卒仲良くしてください」
国靖さんは丁寧に挨拶すると柔道部らしい所作で礼をして、今時珍しい質実剛健な感じの女子高生なのだろうと思われた。
そんな国靖さんはある問題点を抱えていて、そのことは調理実習の日に判明した。
「それでは皆さん、心を込めて作った肉じゃがを頂きましょう。お肉はもちろん、ジャガイモにも人参にもそれぞれ魂がありますから、この言葉でお礼を言いましょうね。いただきます」
「ちょっと待った!!」
家庭科室でクラス全員が肉じゃがを食べ始める直前、国靖さんは突然手を挙げて立ち上がった。
「国靖さん、どうかしましたか?」
「先生は先ほど、いただきますと仰いましたね。その前の発言もそうですが、先生は授業中に生徒に対して八百万の神という宗教的な概念を押し付けられました。これは政教分離を規定した日本国憲法の理念に反するものですし、仮にも教育機関としてあり得ない行為です!!」
「ええ……」
彼女の剣幕にドン引きした家庭科の先生に、国靖さんを除く生徒全員が同情していた。
それから数か月が経ち、私は何だかんだで国靖さんと仲良くなっていた。
「野掘さん、私、柔道部の倉井先輩のことが好きなんです。この気持ち、どう伝えればよいでしょうか」
「国靖さんも恋する乙女なんだね。えーと、まずはデートに誘ってみたら?」
国靖さんは転校前の高校と同様にこのマルクス高校でも柔道部に入部し、先輩の男子生徒を好きになったようだった。
「分かりました。こういう経験は本当に少ないのですが、まずはデートからお誘いしてみます」
「国靖さんは真面目ないい子だけど、肩の力は抜いて話しかけた方がいいと思うよ。頑張ってね」
その日の放課後、私は倉井先輩を体育館の裏に呼び出した国靖さんを遠くからこっそり見ていた。
「ごめんごめん、生徒会の用事で遅くなっちゃった。それで、俺に用って?」
「私、倉井先輩とお近づきになりたいと思っているんです。もしよろしければ、休日にデートなどをして頂けないかと……」
「それって付き合うってこと? うひゃー、嬉しすぎて信じられないよ」
ちょっぴりというかかなり変な子だが顔はかわいい国靖さんから交際を申し込まれ、倉井先輩は無邪気に喜んでいた。
「もうすぐクリスマスだしさあ、チキンとケーキ買って俺の家で一緒に食べない? 聖夜を彼女と過ごすのって、昔から憧れだったんだよね。イエス様のご加護で俺たちも上手くいくかも知れないしさ! よかったら初詣も一緒にどう?」
軽薄な態度でデートのプランを立て始めた倉井先輩に、国靖さんはわなわなと身体を震わせると、
「男女の純粋な恋愛に、宗教を絡ませるなんてもってのほかです! そんなに配慮に欠けた人だとは思いませんでした。交際の話はなかったことにしてください!!」
倉井先輩に怒りをぶつけて、そのまま走り去っていった。
一連の流れに唖然としている倉井先輩を眺めながら、私は国靖さんは政教分離という概念を実はよく分かっていないのではないかと思った。
(続く)
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