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毎年春には街中が可憐な黄金花で彩られる。だが今年は、そのユグレアの花が一輪も咲かなかった。
聖セイバー教魔法学園二年生のGクラスの担任となったエリザ・カルネスはふと立ち止まり、廊下の窓からまるで立ち枯れたようなユグレアの木が並ぶ前庭を見下ろした。この季節は突き抜けるほど爽快な蒼穹が広がっているはずが、目の前の空は冬が永遠に続いているように灰色にくすんでいる。
「エリザ、会議に遅れるぞ」
歩いてきた廊下を振り向けば、腐れ縁の大男セオドア・グラントが覇気のない顔で近づいてくる。
「ああ、そうだな」
そして視線をまた空虚な庭へ向ける。
「新学期早々、ノービスの先生に小言を言われてしまうな」
グラントがわずかに唸ったが、それを無視して再び歩みを進める。
分かっている。例えこの朝の教職員会議に遅刻しようがしまいが、貴族の教師たちから嫌煙するような視線が集中砲火され、そしてあからさまな嫌味を言われることなど。
「エリザ、君は悪くない。そうだろ」
なぜ、こういう時に限ってこの男はこちらの機嫌を敢えて無視するようなことをするのか。天然のくせにエリザの調子が悪い時はいつだって気を遣ってくれていた男なのだ。ならば今、ここでその話をするのは完全に彼らしくはない。
過去へ戻れるならと、何度悔やんだことか。夢であれと、何度願ったことか。
だが現実は変わらない。全てが崩れた事件の日の景色を何度再生しようとも、それは。
鋭利な刃のごとき叫換。酷く桁外れな魔法が行使されたせいで捩れた魔粒子バランスに、目眩が襲う。教師の人垣の中、血池に沈むあの男子生徒は、確かノービスクラス所属の子だった。
――あいつが殺した!!
その怒号が誰のものだったか、今やもう分からない。だのにその“誰か”が迷うことなく人差し指を突き刺した手だけが異常に記憶にこびり付いている。その先を追えば、うねり狂っている深く淀んだ黒いモヤの塊。
――あの“暗黒の使者”が、生徒を殺した!!
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