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テーブルから課題の冊子を掴み取って適当にパラパラ捲る。だが、妙な空気感にタドルは手を止めてエリザを見上げた。彼女は何も言わずにこちらを見つめていた。その時、瞬時に後悔の念が押し寄せた。張本人にとって軽口が叩けるような出来事に成り下がったとしても、あの時、暴走したタドルを止めようと必死になっていたエリザにとって、それは安易に語れるような事件ではない。
「……先生、わるかった」
「いや、君が謝るようなことでは」
「大丈夫、さすがに今回ばかりは先生の言うこと聞くからさ。魔法はしばらく使わないよ」
エリザが表情を歪める素振りを見せたことには、気づかないフリで立ち上がる。必要以上に、二人に心配させる訳にはいかない。何でも聞いて貰いたいのは山々だったが、これ以上滞在すれば、あの事も喋ってしまいかねなかった。
「じゃあ先生、俺ちゃちゃっとこの課題やっちまうから」
勢いを付けてソファから立ち上がり、冊子をバサバサと揺らしてエリザにアピールする。たとえ彼女が何か言いたそうにしていようとも、タドルはそれ以上ここに留まるつもりはなかった。
「んじゃ!」
「ユース」
立ち去りかけた所を背後からエリザが呼び止める。それに、黙ってタドルは立ち止まる。
「別に、私に何でも話せとは言わない。魔法だって、無理に使えるようにならなくてもいいと思っている。ただ私が言いたいのは、自分だけで抱えすぎるなということだけだ。なんでもいいから私たちを頼ってくれ。それを守ってくれるなら、君の好きなようにしなさい」
じんわりと耳が熱くなる。ぐっと想いを飲み込み、振り向くことなく何度か頷くと、タドルはその部屋を後にした。
しばらく無のままで廊下を進み、暫く歩いた所でふと片手に持った冊子に視線を落とした。今、タドルは1年生でも使えるようになっている初級魔法すら発動できない。暴走したあの日から、何度となく魔法を使ってみようと思ったが、その度に精神が押しつぶされる恐怖が脳を掠める。きっと、自分はもう詠唱魔法を使えるようにはならない。でも、術式魔法なら、それができるかもしれない。
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