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想像通り、その発令を耳にした職員に動揺が走る。その席は現在ユクリウスのものだ。にも関わらず、ユクリウスの異動が発令される前に首席の昇格が伝えられた。何年も務めている職員がその違和感に気づかないはずがない。
「おい、セノーリア……」ロッドウェルの声が震えている。「まさか……」
だがハルフィアは身動ぎ一つせずにただ前を向き続けた。また一人、そして一人と名前を呼ばれて辞令を受け取っていく。役職的にもう近い。
「セノーリア研究員」
「はい」
その指名に戸惑うことなく、冷静に通路へと踏み出す。段差を降りてゆく係員程度の役職しかないセノーリアに誰しもが疑惑の目を向けていた。その視線に見向きもせずにハルフィアは所長の正面へ歩み出る。
「ハルフィア・セノーリア研究員。本日を以て、術式統括ユニット術式統合第1担当付き、危機管理ユニット特別監視官を併任とする」
目の前に上質紙が差し出される。己の役目は分かっていた。
「承知しました」
だから迷わずにその辞令に手をかけた。そしてそのまま、手を引こうとした。
「セノーリア卿」
唐突な呼び名に、ハルフィアは顔を上げた。辞令交付で、動揺を見せたのは可笑しいながらこれが初めてだった。そして、ベレスフォードは声を静めて言葉を続けた。
「あなた達が頼りです。どうか、私たちの目的と職員らを守ってやってください」
ベレスフォードに敬語を使われるのは、これが初めてだった。それだけ、この手に掛けられた責務は重く、誰にでも背負えるものでもないことを示していた。
「はい、必ず」
ハルフィアは確かにベレスフォードの目を見据えてそう応えると、ゆっくりと辞令を受け取った手を引いた。
「続いて、追加人員にかかる辞令です」
他に辞令を受けた者達に並ぶ形で脇へ下がったところで、パルトローがそう続ける。己の人事を告げられた時とはまた異なる緊張が走った。ハルフィアは静かに右サイドの出入口に立つ三人に視線を注いだ。
「三名、前へ」
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